第1次安倍内閣の外務副大臣が書いた政治本、中国でも刊行=「尖閣」「反日教育」も直言―北京大生との白熱問答集、浅野勝人著『氷を溶かす旅』

八牧浩行    2015年2月11日(水) 18時0分

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浅野勝人・元内閣官房副長官の北京大学講義録「日中反目の連鎖を断とう」(NHK出版)が中国で出版され話題になっている。日本の政治家が実際の政治状況を論評した書物が中国で刊行されるのは極めてまれだ。中国語版のタイトルは「融冰之旅」(氷を溶かす旅)。

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浅野勝人・元内閣官房副長官の北京大学講義録「日中反目の連鎖を断とう」(NHK出版)が中国で出版され話題となっている。日本の政治家が実際の政治状況を論評した書物が中国で刊行されるのは極めてまれだ。中国語版のタイトルは「融冰之旅―日本原政要北大講演」(氷を溶かす旅―日本元政界要人の北京大学講義録)。そのまま翻訳され人民出版社から刊行された。

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浅野氏はNHK政治記者・解説委員を長く務め、衆参両院議員(自民党)、第一次安倍内閣で外務副大臣、麻生内閣で官房副長官などを歴任した。本書は、日中平和への熱い思いと関係打開の道を説いた北京大学講義録がベース。1972年の日中国交正常化交渉、1978年の日中平和条約交渉などを取材した経験に裏打ちされた信念と情熱を傾けた思いが迫真の筆致でつづられている。

北京大学での特任講師としての講義は「外交・安保」「経済」「公害・環境」「教育」など2011年から8回。「私の役割は、長い間の体験を通じて、日本人から見た中国の指導者たちの的確な判断力と優れた能力の例証を語り残すことだと自覚している。同時に、日中両国の友好と協調が、アジア・太平洋地域の平和と繁栄に不可欠と認識していた日本の指導者たちの信条について伝えたい」と記す。

著者は学生たちに「過去に学んで現在を正し、未来に活かそう」と説き、「歴史認識をめぐる反目を断ち切って前に進もう」と呼びかけた。日中間で起きる政治的なもめごとは、歴史認識の食い違いをめぐる争いの繰り返しが原因と分析。「侵略と植民地支配」「戦時下の慰安婦問題」「政府首脳の靖国参拝」「領土問題」におおむね絞られるとし、「その食い違いから派生するトラブルは、時に抜き差しならない憎悪さえ生む」と説く。日本政府に対し、政府首脳の靖国参拝自重、村山談話、河野談話の維持・継承などを要求。一方で中国側にも浅野氏は中国政府が繰り返してきた反日教育の弊害を説き、やめるように直言している。

尖閣諸島国有化と反日デモを挟んで、日中間が最も厳しい3年あまりにわたって開催された白熱教室。浅野氏は言いっ放しになる講義の形態を避け、講義後の質疑応答はもちろん、夕食まで共にするという密着講義を展開。「人気じいちゃん」と学生の間で親しまれた。本書には学生たちの感想文も掲載され一連の講義が北京大学の学生にどのように伝わり、理解されているかが分かる。

たとえば、男子学生が「米国は日中両国が仲良くするよう期待している、というが本当か」と質問したのに対し、浅野氏は「日米を底辺に日米中の二等辺三角形型安保体制を構築するのが理想だ」と答える。別の男子学生が「南シナ海で中米が、東シナ海で中日が一触即発の関係にあるのに、そんな同盟関係はできない」と反論すると、「今すぐは無理でも国際情勢はどんどん変わる。過去に学び、現在を正し、未来に生かすのが君たちの務めだ」と諭す…。

学生たちは感想文の中で、「さまざまな紛争を抱える中日両国は、『小異を残して大同につく』方針を改めて貫き、争いを棚上げにしてともに発展していくことがベストだと思う」(北京大学物理学院男子学生)、「浅野先生が中日関係の改善と真剣に取り組む本心は、一日も早く解決しなければならない課題がたくさんあるのに、問題の解決を困難にする偏ったナショナリズムが両国に台頭するのを懸念しているからではないでしょうか」(北京大学国際関係学院女子学生)、「中日は『和すれば共に利あり。争えば共に傷つく』との先生の指摘に同感です。日本と中国の学生はもっと交流が活発になればいい。北京にも日本人の学生がもっと多く勉強に来て欲しい」(北京大数学部男子学生)など冷静かつ率直な考えを披歴している。

本書の白眉は4章の「尖閣を『脅威の島』にするな」。著者がかつて取材した日中平和条約交渉で、「尖閣棚上げ合意」があったと指摘。「日中双方の老練な政治家同士が水面下で将来の解決を願ってせっかく(棚上げで)合意したのに、思慮深いとは思えない政治家が寄ってたかって、あからさまに相手を攻撃する材料にしてしまった」と喝破している。

最近になって、園田外相・トウ小平副首相の会談議事録に「領有権の帰属論争棚上げ」のくだりが見当たらないということが「棚上げ論」否定の根拠になっていることに対し、取材メモや園田回顧録など具体的な例証を挙げて反論。日中平和友好条約の調印を優先する立場から、尖閣問題を問題視するのを避けて脇に置いておこうとささやいたトウ小平副首相の高度の政治判断に対して「人が見ていなければトウさん有難うと言いたいところでした」と園田外相が回顧録で記しているのは「尖閣棚上げ合意」があったことを如実に示すと指摘。 この見地から、石原慎太郎元都知事の2012年春の尖閣購入発言を「日中間に新たな不信と混乱を招いた」と手厳しく批判する。

著者は領有権をめぐる見解に相違のあることを認め合った上で、「尖閣を脅威の島」にしない方策について「日中有識者会議」を設けて議論する方法を提唱している。「結論が出なかったら50年でも100年でも会議を続けたらいい。その間は平和が保てる」という。

浅野氏は第1次安倍政権の外務副大臣として小泉純一郎の靖国参拝で冷え込んだ日中関係を打開に動き、2006年の安倍首相の北京訪問と「戦略的互恵関係」につなげた実績がある。日中両国でこのような「平和友好への直言」を綴った本が出版されたのは画期的。特に両国の若い世代の必読書といえよう。(八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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