作家・佐藤優氏、“中韓ヘイト本”全盛の風潮に警鐘「悪貨が良貨を駆逐する」「内容よりマーケッティング」―戦前の“鬼畜米英”に通じる?

八牧浩行    2015年11月10日(火) 7時4分

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日本のメディアでは韓国や中国をこき下ろす記事が目立ち、国際社会では禁じ手のヘイトスピーチ的なものも多い。作家の佐藤優氏は、日本特有のこの現象に警鐘を鳴らす。写真は東京・銀座の中国人観光客。

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「中国の末路」「断末魔の韓国」…。日本の電車のつり広告や駅のキオスクなどで目にするのが週刊誌や月刊誌、夕刊紙、書籍などの大見出し。韓国や中国をこき下ろす記事があふれている。国際社会では禁じ手のヘイトスピーチ的なものも多い。経済の先行きについて「破たん」「崩壊」といった一方的な見通しを強調したり、否定的な面だけをことさらクローズアップしたりする傾向が鮮明だ。

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作家の佐藤優氏は、「ヘイト本」があふれる日本特有の現象に警鐘を鳴らす。「地方の小規模書店で単行本はヘイト本、日本礼賛本、自己啓発本の3種類が目立ち、文芸書、思想本はほとんどない。せいぜい新書、文庫で補っている」(10月14日、新聞通信調査会講演会)。

佐藤氏によると、今出版界は、返本率が4割で危機的な状況。そこで出版社はマーケッティング(販売予測)をする。その結果、売れるのは、ヘイト本、日本礼賛本、自己啓発本の3種類となるという予測が出る。「特にヘイト本の著者と言うのは内容が滅茶苦茶で、納期も何もない。書きなぐって、できているものを編集者が直して“製品”にするだけ。悪貨が良貨を駆逐する状況だ」と嘆く。

さらに「若い人は、活字は苦手で文書を読まない。首脳会談級の取材でも記者も長い共同発表文は読まずサマリー(要約)しか読まない。かつてと異なり、新聞社や出版社には活字や読書が好きな人が行くというわけでもない。以前と違って新聞・出版志望一筋という人はほとんどおらず、一流企業ならどこでもいい。優秀な偏差値の優秀な大学卒業の人しか入社できない。偏差値の高い社員にとって哲学・思想よりマーケッティングは得意な分野である」と断じた。

雑誌や単行本の世界だけでなく、新聞情報でも実態は正確には伝えられない面もあるようだ。「日中対立を超える『発信力』―中国報道最前線 総局長・特派員たちの声」(段躍中・編、日本僑報社刊)によると、「反日デモや大気汚染など注目されるテーマでは衝撃的な場面や深刻な内容について詳しく報じている。だが、ストレートなニュースにならない等身大の中国、そして中国人の姿を伝える機会は非常に限られている」(大手新聞社元特派員)という。

ある全国紙記者は「中国崩壊論」が、この10年余り日本のメディアに浮上しては消えている現実を紹介した上で、こう著述する。「こうした中国崩壊論はどうしてたびたび浮上してくるのか。恐らく『中国が崩壊したら嬉しい』という日本国民のニーズがあるからではないか。そんな記事や本を読みたいという欲求が日本人の潜在意識の中にあるのかもしれない」。

◆今夏も「崩壊」の大見出しが躍ったが…

こうした日本の読者・視聴者の「ニーズ」を受けて、最前線の経済記者は、東京のデスクの「中国経済好調の記事は短く、不調の記事は長く書け」との要求に悩まされると明かす。その結果として、紙面を飾る中国関連記事のほとんどは「中国経済不調」のトーンになりがちという。確かにGDP6〜7%の伸びを「中国急減速、外需低迷響く」「バブル崩壊」といった見出しが躍る。ちなみに日本は2期連続のマイナス成長となるのがほぼ確実の情勢にもかかわらず、である。2年前の13年春には「シャドーバンキング(影の銀行)崩壊」を理由とした「7月危機説」が喧伝され、日本の新聞、雑誌に大見出しが繰り返し躍ったが、結局杞憂に終わった。 今年夏の上海株式相場急落時には「中国経済崩壊」の大見出しが躍った。

「嫌韓」「反中」本あるいは「ヘイト本」と呼ばれるジャンルが受け入れられる日本は異常だが、その延長線上にある、「スゴイ日本」「日本は世界最高」といった最近の日本礼賛本・礼賛番組ブームも健全とは言えない。長期不況が続き、鳴り物入りのアベノミクス(安倍政権の経済政策)も「円安株高」をもたらしたものの、恩恵を受けているのは株や不動産を保有する富裕層に限られ、実際の庶民生活は実質賃金が19カ月連続でマイナスとなるなど一向に豊かにならない。中国にも経済力でも追い抜かれ、世界政治における存在感も低下する一方。深層心理的に「自信喪失」の裏返しと分析する識者も多い。

今、多数の中国人や韓国人の観光客が来日している。年間の外国人訪日客数について日本政府は2020年に2000万人とする目標を掲げてきたが、15年にも2000万人に達する勢い。しかも中国人や韓国人は家電、化粧品、日用品などの日本製品を爆買いし、日本の流通・観光・運輸業者やメーカーは売り上げを伸ばし、不況にあえぐ日本経済は一息ついている。日本政府も「観光立国という言葉にふさわしい新たな国づくりに向け、政治が前面に立って進めていく」(安部晋三首相)と数少ない成長分野として期待している。隣国のパワーによって日本経済が救われている現実を直視すると、「ヘイト」本が、いかに一方的か分かる。

こうした中で、見たくないニュースに目をつぶり、心地よいニュースに飛びつく…。読者に迎合して現実を直視せず、偏狭かつ恣意的な情報選択を繰り返して「鬼畜米英」を標榜。道を間違えた戦前の轍を踏んではならない。(八牧浩行

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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