<コラム>習近平政権、腐敗撲滅をあくまで徹底、来年の党大会向け権力闘争激化の予感

如月隼人    2016年10月26日(水) 14時30分

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新華社などによると遼寧省で21日、新たに選出された省人民代表大会代表の資格が有効と承認された。同議会ではこれまでに、454人の資格を取り消した。中華人民共和国始まって以来の異常事態だ。写真は中国の人民大会堂。

新華社などによると遼寧省で21日、新たに選出された省人民代表大会代表(省議会議員)の資格が有効と承認された。同議会ではこれまでに、454人の資格を取り消した。中華人民共和国始まって以来の異常事態だ。

資格取り消しの理由は、「議員の座をカネで買っていた」。報じられた数字を元に計算すれば、遼寧省人民代表大会では前回選出の議員のうちの75%が「クビ」になった計算になる。

中国は全国人民代表大会(全人代=国会)の議員を省人民代表大会が、省人民大会の議員を省の下にある市(地級市)の人民大会などが選出する制度だ。21日までに省内各地で選出された議員447人が、省人民大会の準備チームにより、資格を承認された。

遼寧省人民代表大会は、新たな議員を選出することで、これまで「問題なし」とされていた議員143人を合わせて594人の議員が資格保持者となり、議会としての機能を回復した。

  

報じられた数字を元に計算すれば、遼寧省人民代表大会では前回選出の議員のうちの75%が「クビ」になった計算になる。同事態は習近平政権が強力に進める綱紀粛正の一環として表面化した。習政権は「腐敗撲滅のためなら、建国以来の異常事態も辞せず」との姿勢を示したことになる。

習政権が腐敗撲滅に力を入れている主な理由は2つある。まず「大義名分」としては、「全国・各分野に蔓延する腐敗を解消させないと、民意が共産党から離反する」ことがある。

もう1つの目的は、政権基盤の安定化だ。前胡錦濤政権時代、長い間にわたって「次期政権担当者」とみなされていたのは、李克強氏だった。李氏は当時の胡錦濤主席・温家宝首相の「一番弟子」といった存在だからだ。

しかし2007年10月の共産党大会で、習主席は中国共産党中央政治局常務委員に就任した。名簿上の順列は同時に就任した李克強氏よりも上だった。習氏はその後、国家副主席、中央軍事委員会副主席にも就任し「次期リーダ」の地位を確実にした。

習近平氏という「ダークホース」の出現は、「李克強政権」の誕生には反対派閥の反発が大きすぎ、党長老らのさまざまな思惑が絡んだ妥協の産物だったとされる。

それだけに、習主席は2012年秋に党総書記に就任後(国家主席就任は13年3月)、権力基盤を急速かつ強力に掌握する必要があった。そこで国民の支持を得られ、党内でも表立っての反対がしにくい「腐敗撲滅」を徹底的に進めることを決意したということになる。

当初は、腐敗傾向が強いとされる江沢民元主席につながる人物の摘発が目立った。しかし、「団派」と呼ばれる胡錦濤前主席につながる人脈に対する摘発事例も出るようになった。

習主席は、「これまでの親分の傘の下にいても、守ってもらえるとは限らない」ことを誇示して、「あらゆる面で、自分の意向に従って動く」ことを、いわば“恐怖政治”の手法で求めているわけになる。ただ、習主席の政権基盤が盤石になったわけではない。むしろ逆だ。

習政権が、腐敗撲滅の要である党中央紀律検査委員会書記に任じたのは、王岐山氏(現・党中央政治局常務委員)だった。

王氏は実績豊富な経済や金融の専門家で、「綱紀粛正の実働部隊トップ」に抜擢されたのは「サプライズ人事」とされた。当初は実績を出せるかどうか、疑問視する声もあったほどだ。

しかし王氏の指導の下、紀律検査委員会は、蠅(小物)から虎(大物)まで、大量の違反者の摘発を続けている。同委員会の発表によれば、習主席が党総書記に就任して以来、摘発者の累計は101万人を超えた。

そのため、王氏が「極めて大きな実力を得た」との見方が出てきた。党重要人物の裏側を知り尽くしたことで、「誰にでも睨みをきかせることのできる存在」になったというのだ。事実、2016年3月の全国人民代表大会(全人代)の場でも、王氏が習主席に対して「自分より上位にある人物に対するものとは思えない仕草があった」ということが、注目された。

つまり、習主席は当初目指した「権力構造の完全一元化」には成功していないとみなすことができる。

さらに、徹底的な腐敗撲滅に既存層の不満が高まっていることは間違いない。その場合「怨嗟(えんさ)の対象」は習主席ということになる。現在の状況をもたらしたのは、習主席であるし、仮に反対派が「王岐山降ろし」に成功したとして、習主席が「第2の王岐山」を抜擢すれば、状況は変わらないからだ。

つまり、習政権は強い権力を手にした半面、水面下における反発も激化させたことになる。

王氏の存在については、別の懸念材料もある。習主席が王岐山氏を腐敗撲滅に専念させたのは、新政権で経済改革の責任者となる李克強主席と王氏では考え方に違いが大きく、経済問題を巡る両者の対立を回避する思惑があったからだ。

しかし今年(16年)5月以来、共産党上層部では李克強氏の経済政策(リコノミクス)に対する反発も表面化してきた。王氏が経済分野に返り咲きたいと意思した場合、党上層部で波乱が生じる可能性は否定できない。

役職の割り振りを含め、共産党上層部の人事が決定するのは、党大会においてだ。次回の党大会は2017年秋だ。権力基盤の強化を目指す習主席(党総書記)、実力と発言力を高めた王氏、さらに、胡錦濤前主席を含め「団派」と呼ばれる派閥をバックとする李首相という3者の関係には不透明な部分が多くあるが、「腐敗撲滅」と「経済政策の是非」を巡り、共産党上層部で今後1年の間に「複雑な綱引き」が激化することは間違いない。(10月26日寄稿)

■筆者プロフィール:如月隼人

日本では数学とその他の科学分野を勉強したが、何を考えたか北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。

■筆者プロフィール:如月隼人

1958年生まれ、東京出身。東京大学教養学部基礎科学科卒。日本では数学とその他の科学分野を勉強し、その後は北京に留学して民族音楽理論を専攻。日本に戻ってからは食べるために編集記者を稼業とするようになり、ついのめりこむ。毎日せっせとインターネットで記事を発表する。「中国の空気」を読者の皆様に感じていただきたいとの想いで、「爆発」、「それっ」などのシリーズ記事を執筆。中国については嫌悪でも惑溺でもなく、「言いたいことを言っておくのが自分にとっても相手にとっても結局は得」が信条。硬軟取り混ぜて幅広く情報を発信。

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