Record China 2017年1月1日(日) 5時50分
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このような病名が適当かどうか知らない。いま世界的に隣の国に対する排他的な言説が増え、不寛容な差別的言語を吐き捨てる人が多くなっている。そこで私はこれを「隣病」と命名してみた。
今年のベストセラー「天才」(石原慎太郎著)の主人公田中角栄には数々の名言があるが、ここでは「隣に蔵が建つと腹が立つ」を第一としたい。欧米でも、隣が庭を手入れせずに雑草をはやしていると文句を言うくせに、とかく「隣の芝は青く見える」ようだ。
私自身も自分の土地を買って間もなく、隣との境界線に建つ塀が気になってしょうがなかった。境界線をはみ出していたからだ。お隣一家が地方勤務中、自宅点検のために一時的に帰ってきた時、「塀が私の土地まではみ出しているのですが」と話をしたところ、「前の土地所有者と境界線の真上に塀を立てる約束をした」と説明され、疑念は直ちに解消した。
私が新潟に転勤すると、お隣は福井の鯖江から新潟のダイセル新井工場の総務部長となってきた。彼が姫路勤務になると私どもは夫婦で呼ばれ姫路城見物、四国までのドライブを楽しませてもらった。そしてお互いが漸く自分が建てた家に落ち着いてくると、いわゆる「塩の貸し借り」のような類から食事やおかず交換、もらい物のお裾分けまでひっきりなしである。また女房達は台所の窓から、時には庭の塀越しに、「井戸端会議」を楽しんでいる。まさに「遠くの親戚より近くの他人」である。
◆行き過ぎた金融自由化が世界的危機に
しかし世界を見るといまやグローバライゼーションという言葉が消えかけようとしている。国境を越えた人、物、金の動きを抑え込もうとする政治的動きも強まっている。21世紀初頭から世界経済発展の牽引車と期待されてきたBRICSという5文字も死語になろうとしている。
その背景を考えると、第一にソ連邦崩壊以降、米国が傲慢に世界に押し付けてきたワシントンコンセンサスと称する過度の金融自由化至上主義が遂に行き詰まってきたことがある。私自身は今なお、アジア通貨危機とそれに続く我が国の信用危機に際し、クリントン政権下のサマーズ財務官らが強く押し付けて自国資本の利益を優先した自由化政策に、いまなお許しがたい憤怒を覚えている。ジョージ・ソロスらのヘッジファンドによる他国通貨と金融機関アタックがそれである。
しかしこの行き過ぎた金融自由化は、結局米国にサブプライム問題を引き起こし、米国発世界金融危機にまで発展した。これはまた世界中の貧富の格差を途方もなく拡大し、米国内にも今年の大統領選挙に見られるように、貧富の格差拡大に加えて、深刻な人種間対立と政治的分裂国家を作ってしまった。
◆米イラク攻撃失敗が招いた中東緊迫化
第二は、J.W.ブッシュのイラク攻撃の失敗である。9.11の同時多発テロは確かに米国本土が初めて爆撃の危機に晒されたと米国および世界を震撼させるものであった。アルカイダをやっつける。その拠点のアフガニスタンをやっつける。ここまでは誰もが許容できる報復戦争であったかもしれない。しかしJ.W.ブッシュは父ブッシュ時代に、クウェート攻撃を仕掛けてきたサダム・フセインに矛先を向けイラクへと進攻した。サダムは拘束され、処刑されたが、米国が非難していた大量破壊兵器は遂に見つからなかった。
フセインから変わったイラク政権はイランに近いシーア派であり、サダム時代権力を握っていたサウジに近いスンニ派は権力機構から追い出された。彼らはイラク国内で反抗を続けるとともに、シリアの内戦にまでアルカイダの一味とともに反アサド勢力のサポーターとして加わっていった。この中からISは生まれた。この過程で米国は「反アサドであれば」と後押しをしてきたのだから、中東における米国の権威は地に落ちてしまったのである。
さらにサウジ出身のウサーマ・ビン・ラ−ディンがアメリカ同時多発テロ事件をはじめとする数々のテロの首謀者であったことや、核兵器開発の停止と引き換えにした米国の対イラン経済制裁の解除、米国のシェール石油、ガス生産の急拡大による米国エネルギーのサウジ、中東依存の急低下、サウジの国内民主化の停滞等から米国とサウジアラビアの関係は抜き差しならないものとなっている。
このように中東情勢は緊迫している。どのようにしたら収まるかの展望もない。このためトルコやヨーロッパへの難民急増をもたらし、これらの国は国境を閉ざして難民を抑え込もうとしている。フランス、トルコではテロも頻発している。難民の中にISメンバーやシンパが潜んでいると言われている。各国とも「人道上難民を受け入れる」という政策の続行は国内政治上かなり難しくなっている。
このような状況下で、英国はEU離脱を決断した。ポーランド等東ヨーロッパからの移民によって経済成長を維持してきた英国であるが、EU諸国からの人の往来を自由にしておくことに脅威を感じていることによる決断である。そのためには物やお金の自由な出入りに支障が出てもやむを得ないということのようだ。
◆長い日中友好の歴史に学べ
第三に、アジア情勢も不穏である。かつて中国の周恩来は訪中した財界人に対し「日中間には2千年とも5千年ともいわれる交流の歴史があるが、その間に戦火を交えたのは日清戦争から日中戦争、第二次世界大戦までの約50年である。この50年を除くと両国関係は極めて平和であった。世界の歴史の中で隣国関係がこのように長い間平和であった例はない。」と述べている。
私も同感である。これに加えたいのはわれわれが使っている日本語のことだ。
われわれ日本人は自分たちの固有の言葉を仮名と称した。ひら仮名とカタ仮名の二つだ。しかし中国から取り入れた漢字は真名(真字)と呼んでいる。なんと隣の国から受け入れた字を真実の字と位置付けているのである。ベトナムはとうの昔に漢字を捨てた。韓国は漢字の使用をやめて半世紀になる。日本のように隣の国の言葉を大事に使用し、守り続けているケースは世界の歴史上極めて珍しい。
宗教もそうである。仏教は中国を通じて入ってきた。これをやめようとしたのは明治維新後の薩長土肥のテロ政権がやった廃仏毀釈のみである。奈良の興福寺等の二千体余に上る国宝級仏像が破壊された。いま中東で起こっているISの遺跡破壊行為となんら変わらないことが我が国でも起こっていたのである。この破壊された仏像の修復に努めたのが岡倉天心である。そして今我々は中国伝来の仏教を信じ、奈良や京都の寺院を観光資源として活用している。
ところが今、日中関係は最も難しい時期に戻ってしまった。日中ともに世代が替わったことが大きい。日本から被害を受けた第一世代の人たちは、日本を恨みつつその偉大さ、恐ろしさを理解していた。だから実利本位に日本と仲良くする国家戦略をとった。日本の側も日中戦争でどういうことをしてきたかを知っていたから、それ(ギルティ・コンシャスネス=罪の意識)を全部乗り越えて国交正常化に漕ぎ着け、未来志向で行こうということになった。
◆日中の若い世代の過激論調に厳しく対峙を
しかし、世代が替わり日本では「いつまで謝ればいいんだ」という人たちが台頭。中国は経済力をつけ、日本は逆に右肩下がり。中国は日本を「小日本」とよび、偉大なる中華の復活を目論む。日中友好も安倍晋三も習近平も戦争を知らない。自国の国益優先の主張をしているうちに、それに輪をかけた国民の右傾化論調の深みに引きずられつつある。かつて明治維新後政府の西郷隆盛批判に一斉に同調した新聞に対し、福沢諭吉は「新聞は権力の犬になったのか」と批判した。共産党の一党独裁の下で、表現の自由を認められていない現中国のみならず、我が国のマスコミも「犬」と化した。民主主義の選挙結果が作り出した動きとはいえ、ナチスのケースもあるから若い世代の無謀な論調には厳しく対峙していく必要があろう。
◆まず日中韓の和解から
対韓国でも心配は尽きない。慰安婦問題や竹島問題だけではない。われわれ日本人はどうしても韓国を見下げる風土を持ち続けているようだ。だからヘィトスピーチが後を絶たない。裁判だけでなく政治がしっかりとこれを受け止め絶対に許さないと明確に打ち出さないといけないと思う。われわれはいつも親しき仲にも礼儀あり、としてせっかく仲間になっても、相手との間に「間」を設ける。「間」がないと「間抜け」という。しかし韓国はもちろん世界の国々では親しくなると、「間」を設けずハグをするのだ。最近日本人もハグにはハグで応えるようになってきたが、どういうわけか韓国人に対してだけはハグをしないと威圧しているようだと、先方の人は感じているという。
我が国は人口減少が続く中、経済が萎みかねない危機の中にある。だからこそ世界の中で最もグローバル化を必要としているのだ。人、物、金が行き来すればそこには所得が生まれ経済を支えてくれる。
とくに近年のインバウンド増加は大事にしていきたい。そのために隣同士がお互いを理解し、尊重するという「撲滅隣病」対策が緊要であろう。
●安斎隆(あんざい・たかし)氏 略歴
1963年東北大学法学部卒業、日本銀行入行。香港駐在、新潟支店長のほか、電算情報局、経営管理局、考査局の各局長を経て、94年理事に就任。98年11月日本長期信用銀行頭取就任。01年4月アイワイバンク銀行(現・セブン銀行)社長に就任。10年6月代表取締役会長に就任。福島県出身。
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