浦上 早苗 2018年2月8日(木) 20時0分
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中国経済の成長ぶりには関心があったが、高校の社会は日本史を選択していたし、特に中国政治・歴史にうとかった。恥ずかしながら文化大革命のこともほとんど知らなかった。写真は中国の毛沢東の像。
これまで何度となく「なぜ中国で暮らそうと思ったのですが」と聞かれてきたが、正直に言えば、「国の奨学金が取れた」からだった。息子がいる私にとって、学費だけでなく生活まで面倒を見てくれる中国の奨学金制度は非常に魅力的で、中国より先に子連れで留学できそうな他の国の奨学金にパスしていたら、私はそこに行っていただろう。
だから中国で暮らし始めた当初、私はその国に対する理解が乏しかった。それまで経済記者だったので、中国経済の成長ぶりには関心があったが、高校の社会は日本史を選択していたし、特に中国政治・歴史にうとかった。
恥ずかしながら文化大革命のこともほとんど知らなかった。留学して1年ほど経つと、中国人教師と雑談ができるようになる。そこで彼らはしばしば「文革」に言及した。
「文革で中国の成長は数十年分遅れた」「文革でこれまでの蓄積が失われた」。中国語と歴史、いずれの知識も乏しかった私は「ウェンガー(文革の中国語発音)」と聞いてもすぐに何のことか分からなかったのだが、前後の文脈から段々「文化大革命のことだ」と気づき始め、改めて中国の戦後史についてネットで読み、大学キャンパスにそびえたつ「偉大なる毛沢東」さんの負の遺産の重さを認識したのだった。
文革で弾圧されたのは知識人だ。だからか中国の大学教員の文革アレルギーは強く、また、色々なことを文革と結びつけて話す。例えば、「●●氏は1977年に大学に入っているので、極めて優秀な人だ」というように。文革によって中国は1966年に大学入試がストップし、1977年にようやく再開された。その年の入試は、試験が中断していた期間の受験生が殺到したため、合格したのは秀才中の秀才だったというわけだ。
実際、私の留学先も、その後勤務した大学も、副校長(日本の副学長に相当)や学部長など幹部の年齢が、日本の平均的な大学に比べると一世代若かった。1977年入学以前の人材がほとんどいないからだ。文革によって蓄積が破壊されたことは、もしかしたら昨今の中国のテクノロジーイノベーションと関係があるのかもしれないが、教育関係者の多くは、「中国が世界から遅れた最大の原因」ととらえている。
最近、「米中国交正常化とトウ小平の奮闘」をテーマにした中国ドキュメンタリー番組の字幕翻訳を手掛けた。トウ小平と言えば、毛沢東路線を修正し、中国の経済成長の基盤をつくった功労者。彼が主導した「改革開放」も、中国ではしょっちゅう耳にする言葉で、日本でしばしば「バブル後」「バブル並み」といった表現が使われるように、中国は「改革開放以来」「改革開放によって」と、1つの時代を象徴する言葉にもなっている。
その番組を翻訳していて、「あれ?」と思うことがあった。「米中国交正常化に至るまでに、トウ小平は3回復活を遂げた。1度目の復活は●●年、2度目は●●年」と紹介されるのだが、「復活」への言及はあっても、番組内で「失脚」の経緯が語られないため、「奇跡の復活」「倒れないトウ小平」とナレーションがあっても、いまいちピンと来ないのだ。
トウ小平を何度も政治から追放したのは、まさに毛沢東とその側近による文化大革命だったが、30分のドキュメンタリーでは「文革」という言葉は不自然なほどに避けられている。
「周恩来が死亡し、トウ小平は失脚した」「毛沢東が死亡し、トウ小平が再び帰って来た」と説明されるのみで、「後は視聴者が察してください」と言わんばかり。ナレーションを訳しながら「中国史に詳しくない日本人視聴者は流れを理解できないのではないか。なぜ文革に触れないのか」と悩んだのだった。
今年に入り、中国の中学校で使われる歴史教科書から、「文化大革命」の項目が削除されるとの情報が暴露され、日本でも「過去の失政を隠す目的か」と報道されている。今の50代、60代の誰もが大きな影響を受け、その世代の教育者が教室で「中国の発展を遅らせた」と断言するほどの戦後史の汚点。教科書の出版社は、「別の項目で重点的に記述している」と釈明している。だが、上述のドキュメンタリー番組の中国での放送日は2016年秋。もしかしたら、「文革」を表舞台から消そうとする動きは、かなり前から始まっているのかもしれない。
■筆者プロフィール:浦上早苗
大卒後、地方新聞社に12年半勤務。国費留学生として中国・大連に留学し、少数民族中心の大学で日本語講師に。並行して、中国語、英語のメディア・ニュース翻訳に従事。日本人役としての映画出演やマナー講師の経験も持つ。
■筆者プロフィール:浦上 早苗
1974年生まれ、福岡市出身。早稲田大学政治経済学部卒業、九州大学大学院経済学府修了。大卒後、地方新聞社に12年半勤務。その後息子を連れ、国費留学生として大連に博士課程留学…するも、修了の見通しが立たず、少数民族中心の大学で日本語講師に。並行して、中国語、英語のニュース翻訳に従事。頼まれて映画に日本人役として出たり、マナー講師をしてみたり、中国人社会の中で、「日本人ならできるだろ」という無茶な依頼に、怒ったりあきれたりしながら付き合っています。マスコミ業界の片隅に身を置いている経験から、日米中のマスから見た中国社会と、私の小さな目から見たそれの違いを少しでもお伝えできれば幸いです。SNS:WeChat「sanadi37」、Facebookはこちら(※フォローの際はメッセージ付きでお願いいたします。)ブログはこちら
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