Record China 2010年3月29日(月) 22時36分
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主に外国の人を対象に行政書士の仕事をする中、ある日、「プライバシー」という言葉の概念について、クライアントとの間に思いがけない理解のズレが生じた。資料写真。
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「privacy(プライバシー)」を日本語に訳せと言われたら、皆さんは何と答えるだろう?「私生活に干渉されない権利」「私的自由」「個人情報の保護」など、答えはいろいろあるだろうが、いずれにもそれほど違和感を覚えることはないだろう。ところが先日、私が出会った答えは、思いがけないものだった。
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私は主に外国の人を対象に行政書士の仕事をしている。ビザ申請から帰化申請、様々な契約書や会社の設立にいたるまで、相談の内容は実に多岐に亘る。
その日の相談者は中国の出身、来日してまだ1年足らずだが、日本語能力検定1級に合格した実績を持ち、日本語には自信を持っていた。しかし、会話がなかなか成り立たない。「私が担当者と“面会”しますから、ご安心ください。」「えっ、何ですか、“メンカ”???」「いや、私が担当の人と会って、話をしますから。」こんな調子で話が一向に前に進まないのである。
「事務所のアシスタントの女性に通訳してもらいましょう」と持ちかけるのだが、日本語能力検定1級というプライドが許さない。こちらも、“まあ頑張っているし、彼の日本語を磨く実践の場だから”と思い、何とか通訳なしで続けることにする。が、すぐにまた行き詰まる。「通訳は?」「大丈夫です」そんな会話を何度か繰り返す。しかし、とうとう壁にぶち当たった。それが、「プライバシー」という言葉だった。
ある省庁に対し、彼の個人情報の開示請求を行わなければならない局面があった。これは、私たち行政書士などが代理して手続を行うことはできない。もちろん、手続の進め方など助言はするし、相談にも乗る、ただし、請求自体は自分で行わなければならない。本人の「プライバシー」に深く関わるからである。ところが、この「プライバシー」という言葉がどうしても理解してもらえない。
「先生、カタカナは苦手なので、ここに入力してもらえませんか?」と、彼は電子辞書を差し出した。私は「プライバシー」と入力して戻した。変換ボタンを押した彼は、悩む必要などなかったという調子でこう言った、「なんだ、先生、『内密』のことですね」。
私はあ然とした。確かに英語のprivacyには「内密」という意味もある、しかし、私たち日本人が理解している「プライバシー」という言葉のニュアンスと、“内緒”とか“うちうち”を意味する「内密」という言葉には、ずいぶんズレがある。日本で言う「プライバシー」は、基本的人権の一つとして保障されなければならないもので、それほど大事なことだからこそ、行政書士などの第三者が代理して手続を行うことが許されていないのである。
ここにいたっては、もうドクターストップである。「重要なポイントなので、アシスタントの女性に通訳してもらいますね」。来日10年以上、経験豊かなアシスタントの話を聞き、彼もようやく納得してくれたようだ。「先生、分かりました。手続のやり方を教えてください。自分でやってみます」。
その後、アシスタントの女性はこう語った、「先生、そもそも中国にプライバシーという発想はあり得ません。私自身、中国にいた時には、プライバシーなんて考えたこともなかったんです」。
言葉というものはやはり文化であり、生活そのものだと改めて思う。日本と中国では、文化も考え方も受けてきた教育も、何もかも違う。だからこそ、教科書を読んで、文法を学び、単語を覚えただけでは、本当の意味での言葉は理解できないのだとつくづく思った。
アシスタントの女性も来日した当初は、プライバシー=内密だったのかもしれない。それが、10年の経験を重ね、日本の文化や生活を自分自身の目で見て、さらに「民主主義とは、自由主義とは何か?」ということを肌で感じて、自然と理解していったのであろう。今回、相談相手となった彼もこれから先、日本での経験を積んで日本という国を感じ、真の意味で理解してもらえれば、お互いに理解の輪が広がっていくだろう。それが、私たちの将来のためとなり、日本と中国の架け橋となって、「近くて遠い国」が本当の意味で近い国になるのではないだろうか。
行政書士は街の法律家、市民に最も近い法律家を標榜しているのであるが、私はそんな現場で仕事ができて、本当に幸せだ。(筆者/佐藤英明)
●佐藤英明
行政書士(東京都行政書士会所属)。佐藤行政書士事務所代表。ビザ申請や帰化申請、会社設立手続から契約書類等の各種法律文書の作成など外国人向けの様々な相談を受けている。主宰する事務所のウェブサイト「ビザ・バンク」は、日本語のほか中国語、韓国語でも運営している。
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