<コラム>北朝鮮で出会った外国の友人、彼の“詭弁”は現地人から学んだもの?

北岡 裕    2018年1月21日(日) 15時10分

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普通江ホテルには20名程度のエジプト人が常駐していた。少なくとも2016年4月現在は。写真は普通江ホテルのエジプト人。筆者提供。

普通江ホテルには20名程度のエジプト人が常駐していた。少なくとも2016年4月現在は。彼らの正体はエジプトの携帯電話会社、オラスコム・テレコム社のエンジニア。彼らはオフィスのある普通江ホテルに常駐している。終業時間を迎え夕食を終えたころ、19時ごろからホテル1階のバー「ウナス」(天の川の意)にぽつぽつと姿を現す。

そこにだいたい20時ごろぼくが合流する。もしあなたが北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国のバーに行く機会があるのなら、ぜひポケットにたばこを忍ばせてほしい。北朝鮮滞在中に限って喫煙者になれればさらにいい。「ちょっと火を貸してくれない?」「オーケー」。会話はここから膨らみ始める。

お勧めの銘柄は「峰」。峰は日本国内では既に販売されていないが、空港の免税店では買うことが出来る。渋い漢字のデザインは外国人ウケがとてもよく、日本のたばこにしては重めの味もいい。基本的に朝鮮人もエジプト人も重いたばこが好きなのだ。否、日本だけが健康志向に走り過ぎ、軽すぎるのかも知れない。健康志向のたばこというのもどこか矛盾しているけれど。

バーで「Hey You Chinese?」と声をかけて来たエジプト人男性に「No!Japanese!」と返し、峰を勧めてみた。お礼にエジプトのたばこを勧められた。火を借りて吸うと独特な香りのあとにがつん、と肺に重しが2つ乗ったようなダメージが来た。思わずカウンターに突っ伏し呻くぼくの背中を「ハハハ」と笑いながら彼は陽気にばしばしと叩く。一気に空気は緩み、中学校レベルのでたらめな英語を駆使し愉快に会話を交わしながらバーを見ると、エジプト人たちは実に気ままに過ごしている。ブルートゥースのスピーカーとスマホを繋ぎ、洋楽を大音量で流す者。大きなおなかをゆらせて、リズムのずれたとぼけた踊りを踊る者。部屋からマイ水タバコを持ち込む者までいる。ぼくには硬い表情を見せる北朝鮮の女性接待員も、常連の彼らと流暢な英語でくだらない冗談かわしている。

「休日は何をして過ごしているの?」と聞くと「DVD!」「ヘルスセンターで水泳かスカッシュ」と答えが返って来た。ヘルスセンターとは平壌市内にある蒼光院のことだろうか。それとも外国人専用の別の施設があるのだろうか。聞くと彼らは数カ月交替でエジプトと行き来しているという。

先ほどたばこを勧めてくれた男性が「Hey!」と、両手に北朝鮮国産の大同江ビールとグラスを持ちぼくに勧めて来る。ぼくはアルコールを受け付けないので「No」と答えたがここで重要なことに気づく。彼以外にもよく見ると他にも何人かビールを飲んでいるエジプト人がいる。

「Hey!Are you Muslim,aren’t you?」。はっはっはと笑い声が響いた。ある者は「I’m a bad Muslim」と開き直り、ある者は「This is not alcohol,but beer」ととぼけた。さて先日、過去何度か数カ月単位の平壌駐在経験がある年下の在日朝鮮人男性と、都内の居酒屋で久しぶりに話し込んだ。初めて会ったころはコップ1杯のビールで顔を真っ赤にしていた彼も、逞しくその日数本目のジョッキをぐいと空けた。平壌駐在中にビールに目覚めたという。「大同江ビールは美味しいですし、平壌の夜はやることないですからねぇ」と苦笑いしていた。

そういえば、とバー銀河水でのエジプト人の狼藉ぶりを話すと彼は考え込んだ。「もしかすると『This is not alcohol〜』のくだり、ウリナラの人が教えたかも知れない」。ウリナラとはわが国の意味。在日朝鮮人が祖国について話す時に使う表現だ。

「ウリナラの人、ビールのことアルコールって思っていない気がするのですよ。街にある『清涼飲料』と看板を掲げた売店で普通にビールを売っていたり、これから運転だっていうのに平気でジョッキを空ける運転手さんもいたな。午後から会議だというのにランチビールなんてことも普通だったし…」。もしかしてエジプト人の友人が繰り出した「This is not〜」という詭弁はそんな朝鮮人の姿を見たか、朝鮮人に伝えられたものではないか。それが免罪符のように使われていると想像すると何だかおかしい。

ぼくと友人は何度目かの乾杯を交わした。時計の針は21時を回ろうとしている。同時刻、平壌のエジプト人たちは間違いなくホテルのバーでビールを飲んでいる。相変わらず陽気に洋楽を流し、リズムがずれた踊りを踊り、笑い声を響かせながら。少しだけ、故郷と家族、そして帰国の日のことを思い浮かべているのかも知れない。ぼくたちはその日何度目かの乾杯をかわした。はるか平壌の陽気なエジプト人たちのことを思い浮かべながら。

■筆者プロフィール:北岡裕

76年生まれ。東京在住。過去5回の訪朝経験を持つ。主な著作に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」。コラムを多数執筆しており、朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」では異例の日本人の連載で話題を呼ぶ。講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

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