「中国人は信仰心を失ってはいない」、伝統的価値観を文化的信仰と位置づけ―世界文明フォーラム

Record China    2010年8月30日(月) 12時11分

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26日、儒教文明とキリスト教文明について語る初の「尼山世界文明フォーラム」主席団の趙啓正副主席は、「中国人にも“伝統的価値観”という名の信仰心がある」とした。写真は09年4月、山東省曲阜市で行われた国際孔子文化フェスティバル。

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2010年8月26日、世界各国より80人の専門家を招へいし、儒教文明とキリスト教文明について語る初の「尼山世界文明フォーラム」が9月26〜27日に孔子の故郷である山東省曲阜市尼山で開催されることがわかった。山東商報が伝えた。

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その主席団の趙啓正(ジャオ・チージョン)副主席は、フォーラムの記者発表の席上で中国人の信仰心について語り、「我々、中国人にも“伝統的価値観”という名の信仰心がある。中国に信仰心の危機が訪れているとは単純に言い切れない。(08年に発生した)汚染粉ミルク事件に対する国民の反応を見る限り、中国が信仰心を失ったとは言えない」とした。

趙副主席は「信仰心には必ずしも“神”の存在が必要ではない」との立場で以下のように表明した。

「自分が嫌なことを人にしてはいけない」などの孔子の教え。これは文化的信仰とも言えるものであり、いわゆる宗教的な信仰とは異なる。「信仰の対象として“神”を据えるか据えないか」―これが両者の違いであり、両者間の理解不足が軋轢を生むことはありこそすれ、こうした生活上の価値観念(=文化的信仰)というものも、ひとつの信仰として位置づけることができる。

愛国心や職業への忠誠心―こうしたものも、中国の伝統的な美徳から受け継がれてきたものであり、また、現代の社会主義精神に符合するものである。これらは社会主義市場経済の規範でもある。08年に中国社会を揺るがせた汚染粉ミルク事件など、モラルの欠如が引き起こした社会問題の数々に、国民が怒りと不満をもって反発する限り、中国人はこうした信仰心を失ってしまったとは言い難いのである。(翻訳・編集/愛玉)

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