呂 厳 2018年6月10日(日) 15時10分
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アジサイの撮影をしていると、見知らぬ年配の女性から声をかけられた。
あれは日曜日の午後のことだった。家に戻ると門の近くのアジサイが太陽の光の中できれいに咲いているのが目に留まり、私は何枚か写真を撮った。そこで突然聞こえてきたのが「雨の季節はもっときれいですよ」という声。振り返るとそこには見知らぬ年配の女性が立っていた。恐らく、通りすがりの人なのだろう。私は「そうですね。雨の日はもっときれいですね」と丁寧に答えた。
すると女性は「私の家ではタチアオイも咲きました。良かったら写真を撮ってもらえませんか?本当にきれいなんですよ」と続ける。戸惑う私を見た女性は「そんなに遠くないんです。そこを曲がるとすぐですから…」と促した。
女性の家は築30~40年だろうか。鉄製の柵にはまだら模様が見られた。庭全体に植物が植えられているのだが、手入れが十分とは言えず、中には伸びすぎた枝に覆われてしまった窓も―。女性が言っていたタチアオイは家に沿った一角を占めていた。構図が難しい上、ピンク色だ。一歩間違えれば野暮ったい写真になってしまう。そもそも私はそんなに乗り気ではなかったのだ。情にほだされて来ただけで、「光のことなんか考えずに何枚か撮ったら立ち去ろう」という考えが頭に浮かんだ。
そんな思いでカメラを手にする私に、女性は「どう?きれいでしょ」と話しかけ、独り言のように「残念ながらこの庭で花を眺めるのは私1人だけ。たくさんの人に写真を見てもらえたら…」。この時になって私はやっと「女性との出会いは花とは関係なかった」ということに気付いたのだ。
これは「孤独にまつわる物語」だ。タチアオイはそれほど好きではないが、女性のつぶやきを聞いた私は背景や光の加減に注意し、真剣な気持ちでカメラを構え直した。数枚撮るごとに女性に確認してもらうという作業を繰り返すと、女性の顔には嬉しそうな笑みが浮かんだ。去り際に庭の朝顔を指差す女性の口から出たのは「あと何日かしたら咲きそうです。朝、撮影に来てもらえたら歓迎しますよ」という言葉。私は迷うことなく笑顔を返した。
■筆者プロフィール:呂厳
4人家族の長男として文化大革命終了直前の中国江蘇省に生まれる。大学卒業まで日本と全く縁のない生活を過ごす。23歳の時に急な事情で来日し、日本の大学院を出たあと、そのまま日本企業に就職。メインはコンサルティング業だが、さまざまな業者の中国事業展開のコーディネートも行っている。1年のうち半分は中国に滞在するほど、日本と中国を行き来している。興味は映画鑑賞。好きな日本映画は小津安二郎監督の『晩春』、今村昌平監督の『楢山節考』など。
■筆者プロフィール:呂 厳
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