木口 政樹 2018年8月22日(水) 22時50分
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韓国で日本語を教えはじめて5カ月ほど経ったころだろうか。ある授業で「いちばん好きなもの」というテーマが教科書に書いてあった。「ケーキ」とか「クレープ」なんていう答えがかえってくるんだろうというような気持ちで聞いてみたわけである。写真は韓国料理。
韓国で日本語を教えはじめて5カ月ほど経ったころだろうか。クラスには男子学生もいるが女子学生が圧倒的に多い。日本語は韓国の女の子らに人気の言語なのである。学生は二十歳そこそこのかぐわしい年代であるため、だれもがみなきれいだ。
ある授業で「いちばん好きなもの」というテーマが教科書に書いてあった。「みなさん、食べものの中でいちばんおいしいものはなんですか」と聞いてみた。二十歳そこそこの女の子たちだから、「ケーキ」とか「クレープ」とか「ピザ」とか「ハンバーガー」とか「いちごのかき氷」なんていう答えがかえってくるんだろうというような気持ちで聞いてみたわけである。
ところがみな異口同音に「キムチチゲ」と言うではないか。ええ?冗談だろ?あの色、におい、形、味。どうみても花のようなアガシ(お嬢さん)らの好みそうなものとは思えなかった。
わたしをちょっとからかうつもりで答えたんだろと思い、学生らにも「ノンダミジ(冗談でしょう)?」と聞いてみた。ところが彼女らはいたってまじめな顔なのである。わたしをからかおうと思っているようなフシはどこにも見あたらなかった。
大分あとになってわかったことだが、その時彼女らは冗談で答えていたのではないということなのである。根っからキムチチゲが好きだったのである。見た目には、どんくさい、どうひいき目でみても洗練されたというにはほどとおい(と当時のわたしには思われた)食べ物なのであるが、これが花の香もにおいたつような彼女らの好みだったのである。
考えてみればうなずけないこともないか。わたしもそうだし日本のお嬢さんがたにしてもそうだと思うが、奈良漬けとかじゃがいもの煮っころがしなどという料理が好きではないか。あれはどう見ても洗練されたというイメージではないだろう。
しかしながらそのときは、彼女らの洗練された美しさとキムチチゲのドロ臭さが、どうしてもわたしの中でかみ合わなかった。
好きなものはたくさんあろうがキムチチゲが「いちばん」好きだという点、そして聞かれた瞬間パッと口をついて出てきたのがこのキムチチゲということばだったことが、わたしには驚きだったのである。家でも外でも、キムチチゲを食べるときにはいつもほほえみながら(というより、苦笑いということばがふさわしいかも)、わたしはいま韓国理解のどの段階あたりにいるんだろうかと考えるのである。
キムチチゲの味がわかるようになってこそ、本当に韓国の味がわかるということだし、味がわかってこそ文化も国も理解できたということだから。そしてキムチチゲのあの色の中に、韓国乙女のうるわしい姿を見るのである。
韓国生活もほとんど20年ほどになったころから、やっとこのキムチチゲの味がちょっとわかってきたかなあ、と思うようになった。ちょっとすっぱい感じの具のキムチも、いまやおいしいと感じるようになったし、そのスープもすすればうまいと感じるようになった。
キムチチゲの味を体得するのに20年を要したわけであるが、1つの文化や習慣を理解し体得するのに20年という時間は決して長すぎる時間ではないと思う。腹の底からわかることが必要だし、そうなるためにはそれ相応の時間というものが必要なのである。
旅行者がキムチチゲを食べてすぐに「おいしい」と言うたびに、わたしは「うそつけ、あの味がそんなに簡単にわかってたまるか」という気持ちになってしまう。おそらくこれはわたしのひがみなのであろうけれど。
■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年~現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。
■筆者プロフィール:木口 政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。 著書はこちら(amazon)Twitterはこちら※フォローの際はメッセージ付きでお願いいたします。
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