引越しといえば、自分で荷物を梱包して荷解きするもの。さらに費用を節約したい場合は、同僚や友人を集めて荷物を運んでもらい、最後に食事をごちそうすることでそのお礼に替える。

【その他の写真】

中国の一般的な引っ越しは、現在もこんな様子だ。80年代の日本とほぼ同じである。梱包・運搬・荷解きまでを一括するサービスが日本に登場したのは1985年のこと。ヤマト運輸の「引越らくらくパック」がこれにあたる。現在、こうした引っ越しサービスは日本の常識となっている。

こんな話を紹介するのは、北京でクロネコヤマトの海外引越サービスの代理店業務を担当する「北京華通広運物流有限公司」の柳田洋社長だ。

さて、1985年当時の日本の1人当たり国内総生産（GDP）は約1万ドル。一方、北京では2009年に同じ数字を記録した。かの地では今や、200万元〜300万元（2600万円〜4000万円）もする高級マンションが続々と売れていく。そんな中、引越しに関してだけは全て自力でまかない、数百元で済ませるというのが主流だ。既存の引越サービス企業のほとんどは、「物をA地点からB地点に運ぶだけの運送業」。運ぶ以外のことは何もやってくれない。したがって、「数千元（数万円）払ってでも、安心で良質なサービスを受けたい」という人が宙に浮いてしまう。「引越らくらくパック」サービス普及の期は熟しているのではないか、と柳田社長は確信している。

柳田さんは1996年、30歳の時に当時勤めていた丸紅の北京支店に赴任した。中国の人たちのパワー、バイタリティ、旺盛な独立心に圧倒され、「これでは近い将来、日本は必ず追い越されるな」と感じたという。そして5年半後の2001年、中国で起業する夢を見て丸紅を退社、そのまま北京に留まり、コンサルティング会社を設立した。「安定した暮らしを捨てて、なんで中国で？」という問いに、柳田さんは、「日本の社会発展はすでに飽和状態。中でもサービス業はそれが顕著だ。発展期を迎えた中国での方が成功をつかみやすい」と話している。

起業当初は継続的な仕事が取れず、将来の展望が見えないまま日々が過ぎる。家賃節約のために都心から遠く離れた中国人用マンションに引っ越した。2001年の大晦日、妻と子供たちに「どうしても紅白歌合戦が見たい」と泣きつかれた。中国で海外の衛星放送を受信することが許可されているのは、ホテルと外国人用集合住宅のみ。柳田さんはやむなく自宅から一番近いホテルに部屋をとって、家族5人揃って狭い客室で年越しをした。

手持ちの資金を使い果たしたら、日本でまた一からのサラリーマン生活だ。食べられず、眠れずの日々が続き、柳田さんの体重は開業3カ月で7kgも減っていた。出口の見えないトンネルに光が見えたのは開業半年のとき。丸紅時代の中国人部下の紹介を経て、ヤマト運輸の新しい代理店となった。以来、日本人や欧米人のビジネスマンたちに、海を渡る引っ越しのサービスを提供してきた。日本式の高水準な梱包技術とサービスは、高級な家具や電化製品を持つ中国人富裕層にもアピールするはずだと確信している。

中国人のビジネスパートナーと一緒に10年間やってきた柳田さんは、日本人と中国人の特性や付き合い方について、こう考えている。日本人の特長は「サービス精神」「生真面目さ」「完璧主義」「チームワーク」。中国の人たちには簡単にマネのできない長所でもあるが、ビジネスの邪魔になることもある。お客様至上主義の「サービス精神」は現場を疲弊させ、融通が利かない「生真面目さ」は取引先をいらつかせ、時間がかかりすぎる「完璧主義」でビジネスチャンスを逸し、烏合の衆の「チームワーク」は何も決断できない組織を作ってしまう可能性がある。そんなときに頼りになるのが中国人の力なのだ。中国人の「合理性」は無駄なサービスを省き、「柔軟性」は物事をスムーズに運ばせ、「決断の速さ」は市場の変化を的確に捉え、「独立心」は事業を前に進める推進力となる。日本人が苦手とする部分は、中国人の助けを借りればよい。

こうした中国人の特長がとんでもない欠点になることも、もちろんある。「合理性」が引き起こす心のこもらないサービス、「柔軟性」がありすぎてコロコロと変わる予定、「決断の速さ」が招く欠陥だらけのモノやサービス、「独立心」が引き起こす暴走。こうした中国人の欠点は逆に、日本人が補うことができる。全く正反対の特長を持つ日本人と中国人が対立するのではなく、互いに相手の長所を活かし欠点を補い合うことによって、新たな付加価値を生み出せる。これこそ、柳田さんが考える日本人と中国人の理想の姿だ。

柳田 洋

北京華通広運物流有限公司 社長

1966年東京生まれ。早稲田大学商学部卒業後、丸紅で石炭貿易に従事。1996年より5年半にわたり丸紅北京支店に駐在するも、起業の志捨て難く、2001年丸紅を退社。そのまま北京に留まり駐在員事務所代行サービス会社を設立。その後、引越業務や倉庫業務を開始して現在に至る。著書に「起業するなら中国へ行こう！」（PHP新書）。