木口 政樹 2019年3月25日(月) 21時50分
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前回ではチェ・ブジャチプの六つの家訓について書いた。六訓(ユックン)と言われているものである。資料写真。
前回ではチェ・ブジャチプの六つの家訓について書いた。六訓(ユックン)と言われているものである。
チェ・ブジャチプの基本的な哲学は、相生、積善、布施の三つである。共に生き、善を積み、施しをするということである。「財産は肥やしのようで、一か所に積んでおくと悪臭がするが、まんべんなくまき散らせば良き肥料となる」という考え方を土台としてこの六訓があり、さらに六然(ユクヨン)と言われるものが伝わっている。
六訓が家を治める教えであるとすれば、六然は修身の教えといえようか。前回書いた崔氏第13代の崔ヨムさんは今は85歳ほどであるが、子供のころ毎朝おじいさんの前に行って、この六然を墨と筆で清書することが日課だったそうだ。
六然は次の六つの項目からなる。
一.自処超然
二.対人靄然
三.無事澄然
四.有事敢然
五.得意淡然
六.失意泰然
漢字で書かれているので一つ一つ見てみよう。
一番目の「自処超然」とは、みずから超然とした姿勢を保て。小さいことにいちいちこだわるなということである。
二番目の「対人靄然(あいぜん)」とは、人と対するとき相手の貧富・貴賤を問題にすることなく平等に扱えということである。
三番目の「無事澄然(ぶじちょうぜん)」とは、何事もないときは心をきれいにしておけということ。
四番目の「有事敢然」とは、事が生じた場合は勇敢に事に対処せよということ。
五番目の「得意淡然」とは、成功したときには、軽率に舞い上がって横柄な態度をとったりすることをつつしみ、淡々としているべしということ。
六番目の「失意泰然」とは、失敗した場合にもくよくよせず泰然としておれということ。
ローマが1000年もつづいた原動力として、ローマ人たちの「ノブリスオブリージ」つまり「富める者としての責務」の精神が行き届いていたということが塩野七生の小説に書いてあった。チェ・ブジャチプの六訓は、一言でいえばノブリスオブリージにあたるように思われる。
また、フランスの誇りとして、トレランスtolerance ということがあげられる。トレランスとはつまり寛容ということ。他人の考えや行動が自分とちがってもそれを認め寛容に遇する態度である。パリが19世紀まで世界の中心としての地位を保っていたのも、このトレランス(寛容)という精神があったからである。お互いの多様さを認めあい丁寧に相手を遇する態度があったからである。チェ・ブジャチプの六然は、フランスのトレランスのようでもある。
結論として、チェ・ブジャチプの「六訓」と「六然」は、ローマの「ノブリスオブリージ」とフランスの「トレランス」に相当するものと見ることができる。ローマとフランスの話はネットのあるサイトに書いてあった内容である。久しぶりにそのサイトに入ろうとしたら、存在しないサイトになっていた。ちょっと残念であるが、ノブリスオブリージとトレランス。むべなるかなである。
この六然の中で、自分にとっていちばん印象的なのは六番目の「失意泰然」かな、と言いながら13代の崔ヨムさんはハハハと笑ったというエピソードが残っている。朴正熙(バク・ジョンヒ)大統領のときに全財産を国によって没収されるという憂き目に遭っているからかもしれない。お金持ちはあまたいるが、このように清く気高い精神を土台としてそれを実践した金持ちは、日本でも韓国でもそう多くはないと思われる。
山形にも本間様として有名な本間家があるが、本間家に伝わる何か家訓のようなものがあれば知りたいと思う。わたしは山形出身ながら本間家については知るところはあまりない。どっちがすごいかえらいかということではなく、おそらくこちら韓国のチェ・ブジャチプとはまたちがった何かおもしろい内容が息づいているだろうと考えるからである。
チェ・ブジャチプの住所は、慶尙北道 慶州市 校洞六九番地。去年あたりからこの辺一帯に外国からのお客さんがたくさん来ている。チェ・ブジャチプ見学のためというより、この近くにファンリダンキルという路地があって、そのクラシックというかレトロな路地を歩くことが観光客の人気となっているのである。ファンリダンキルの延長にチェ・ブジャチプがあるので、韓国にご旅行されるおりにはぜひ一度訪れてみることをお勧めしたい。チェ・ブジャチプは現在、重要民俗資料第27号という文化財に指定されている。
■筆者プロフィール:木口 政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。 著書はこちら(amazon)Twitterはこちら※フォローの際はメッセージ付きでお願いいたします。
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