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「しばらく、鬼子(グイズ)の仕事は断ろう―」。中国で役者として活動する日本人の僕がそう決断したのは、2005年の抗日ドラマ「大刀」の撮影を終えた直後のことだ。“鬼子”というのは、日本人に対する蔑称である。“鬼畜”とでも訳したらよいだろうか。
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「しばらく、鬼子(グイズ)の仕事は断ろう―」。
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中国で役者として活動する日本人の僕がそう決断したのは、2005年の抗日ドラマ「大刀」の撮影を終えた直後のことだ。“鬼子”というのは、日本人に対する蔑称である。“鬼畜”とでも訳したらよいだろうか。
2002〜2005年にかけて、計6作品。僕は立て続けに鬼子を演じてきた。人々を威嚇するような演技も、撮影現場に必ず用意されている軍服も、3年間たくわえ続けた口髭も、鬼子にまつわるすべてが疎ましく感じられ、軍服を見るだけで吐き気を覚えるほど、こうした役柄に抵抗感を抱くようになっていた。
思い悩んでいたある日、急に「大刀」の監督から食事に誘われた。年齢は僕より少しばかり上くらいだろうか、中国の撮影スタッフには珍しくお酒を飲まない、マイペースでのんびりとした人物である。その彼が、話を切り出した。
「君と仕事をするのは楽しいし、頼んでよかったと思っている。でも、君が今、何を感じているのか…なんとなく僕にはわかるんだ」
僕は動揺しながらも、監督の言葉の続きを待つ。
「僕たちは、文化も考え方も違う環境で育った。冷たいようだけど、一緒に楽しく仕事をしていても、所詮は別の民族であることは間違いない。たとえば、あってはならないことだけど、中国と日本で戦争が起これば、敵同士になる。生まれ育った国が違うということは、そういうことなんだ」
当時の僕にとってあまりにも非現実的に思える話で、彼の真剣なまなざしに逆にゾッとしたのを覚えている。続けて、監督が言った。
「でも、だからこそ、君が中国で暮らしていく上で、無理をしたり妥協したりすることが決してあってはいけない。文化や思想を理解することは大切なことだけど、受け入れることは、必ずしも必要ではないのだから」
「鬼子を演じるのは、もうやめなさい」
監督の思いがけない一言に、ハッとした。
「君は十分に頑張った。この撮影が終わったら、自分が興味を持てる役だけをやっていきなさい。役者として成長するためにも、そうした方がいい」。当時、鬼子役しか仕事のなかった僕は「やめるわけにはいかない」とかぶりをふったが、「そんなはずはない。これだけ知名度が上がれば、抗日ドラマ以外の仕事も必ず来る。これからは、仕事を選びなさい。今まで辛い役ばかりを演じさせて、すまなかったね」と、監督は続けた。思わず、涙がこぼれた。それまで、鬼子役者としての心の葛藤を誰にも話したことはなかった。しかし、目の前にいるこの監督はまるで昔から僕を見てきたかのように語りかけている。「鬼子なんて、やめてしまえばいい」。誰かがそう言ってくれるのを、僕は心のどこかで待っていたのかもしれない。
こうして、僕は“鬼子役者”としての活動にいったん終止符を打つことになった。抗日ドラマのステレオタイプの役はお断りし、今まで演じたことのないような役との出会いを待つことにした。それから半年間、仕事は一切なくなったが、2006年の暮れからバラエティー番組へも進出するようになった。それが役者としてのイメージチェンジにも繋がり、その後はさまざまな役にめぐり逢うことになった。コメディー物、中国に生まれ育った日本人役、反戦同盟のスパイ、日系企業の総裁、地下党のスパイなどいろいろだ。
しかし、一つ腑におちないことがある。日本人役はなぜだか結末は悲劇で終える、つまり最後には死ぬということだ。ステレオタイプの残虐な軍人が最後に無残に殺されるというのは理解できるが、そうでなくても、結末は死ぬことになるケースが多い。いずれにせよ、役を通して、そして等身大の自分を通して“日本人”を伝えていければと思っている。
●矢野浩二(やの・こうじ)
バーテンダー、俳優の運転手兼付き人を経てTVドラマのエキストラに。2000年、中国ドラマ「永遠の恋人(原題:永恒恋人)」に出演し、翌年に渡中。中国現地のドラマや映画に多数出演するほか、トップ人気のバラエティー番組「天天向上」レギュラーを務める。現在、中国で最も有名な日本人俳優。2011年、中国共産党機関紙・人民日報傘下の「環球時報」主催「2010 Awards of the year」で最優秀外国人俳優賞を日本人として初受賞。中国での活動10年となる同年10月、自叙伝「大陸俳優 中国に愛された男」(ヨシモトブックス)を出版。
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