米国を恐れて妥協した日本、その結果どうなったか―中国メディア

Record China    2019年9月8日(日) 16時0分

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4日、中国メディアの海外網は、「米中貿易摩擦において中国が譲歩をすれば、米国はさらに付け込んでくる可能性があることを日本の経験が物語っている」とする文章を掲載した。写真は自由の女神。

2019年9月4日、中国メディアの海外網は、「米中貿易摩擦において中国が譲歩をすれば、米国はさらに付け込んでくる可能性があることを日本の経験が物語っている」とする文章を掲載した。

記事は、米中貿易摩擦を米国が一方的に起こしたとしたうえで「中国が妥協をして譲歩をしたなら、米国はそれで許してくれるのかというと、答えは当然ノーだ」とし、「1960年代から80年代に繰り広げられた日米貿易摩擦で日本が再三譲歩したにもかかわらず、米国はかえって主張をエスカレートさせ、最終的には日本の経済基盤が崩された」と伝えた。

そして、「日本が60年代に高度成長期に入り、68年に資本主義国では米国に次ぐ世界第2の経済大国となると日米間の貿易摩擦が生じ始めた。そして70年代に入ると鉄鋼、家電、自動車、半導体などの分野へと摩擦が拡大し、米国の日本バッシングが強まった」と説明。「中でも米国内で急速に人気を高めていた日本製自動車に対し、米政府は自国産業への脅威とみなして高い関税をかけるに至った」と紹介した。

さらに、「米国の圧力に対して日本は何ら反抗することなく、自らすすんで米国の言うことを聞いていたが、早く事態を収束させたいという日本の思惑とは裏腹に、米国は半導体や鉄鋼などの分野でむしろ一層の圧力をかけたほか、85年のプラザ合意で大規模な円高を強い、これにより日本経済は基盤が崩れ『失われた20年』を迎えることになった」と論じた。

また、「日本が米国の言いなりになった背景には、当時の日本社会に敗戦の記憶と不平等なサンフランシスコ条約による、米国を恐れる心理があった」との見方を示すとともに、「米国による圧力は今なお続いていることが先日の日米貿易合意で日本が武器の購入と米国産余剰トウモロコシの購入を迫られたことからもうかがえる」とした。

記事は最後に「日本の教訓は、厳しい状況や戦いの任務を前に軟弱になれば退路はなく、勇気をもって出撃し勝ちに行ってこそ、国と人民の利益を守ることができるということを啓示しているのだ」と結んでいる。(翻訳・編集/川尻

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