<コラム>韓国の尹錫悦検事総長にエールを送る

木口 政樹    2020年1月14日(火) 16時40分

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去年韓国を二分した「チョ・グク」事態。法務大臣の座に1月ほどあって、世間の風当りに耐えられずに辞任。その後釜に据えられたのが秋美愛という女性。判事出身という。写真は韓国大統領府。

去年韓国を二分した「チョ・グク」事態。今なおこれが尾を引いていて、事態はまだ終わってはいない。チョ・グク氏は現在多くの容疑を受けており、もう少ししたら裁判が始まることになる。法務大臣の座に1月ほどあって、世間の風当りに耐えられずに辞任。その後釜に据えられたのが秋美愛(チュ・ミエ)という女性。判事出身という。同じ民主党系というか、文在寅(ムン・ジェイン)大統領寄りの人間だ。

検察改革という名分を掲げて政権をとった現政権(文政権)。どうも韓国は、検察の力が強すぎるという弊害があるようだ。日本の検察と韓国のそれとで、どれほどの違いがあるのか筆者にはわからない。日本だって、東京地検特捜部という強大な力を持つ組織があるけれど、あれよりも強大だというのだろうか。わからない。本来は、検察がいくら強大であっても正義を旨としてやっていればなんら問題はない。時々、というより頻繁に、検察官が不正をやらかすことがあり、ために検察も過剰な力をもってはならないし、検察自体も捜査の対象となりうるという論理が発生することになる。この論理の上に立って、検察権力の削減をやろうとしているのが現政権だ。ある意味、それは国民も納得のいくところだ。しかし、現在問題となっているのは、正義を旨としてやっている尹錫悦(ユン・ソンヨル)検事総長の手足を切り刻むような人事を秋美愛法務大臣がやったという点である。

1月8日に行われた法曹界の大人事。どういう人事か。チョ・グク前法務大臣の親族に関するスキャンダルや青瓦台(=大統領府)によるウルサン市長選介入疑惑などの捜査を指揮している大検察庁の幹部らを含む32人を13日付で交代する人事を発表したのだ。これにより、尹錫悦検事総長の方針に従って捜査に当たっていた多くの検察幹部が大検察庁を離れることになった。今現在捜査に当たっていた検察幹部をいきなり左遷させることができるのが韓国の法務大臣なのだ。左遷される32人は、尹錫悦検事総長の腹心のような検察官ら。なので第一野党の自由韓国党は、「秋長官が法的な手続きに反して無理に人事を強行した意図は自明だ」とし、「権力を持つ人に対して捜査を行う検察を無力化し、現政権に近い人物を検察の要職に置くことで、青瓦台関係者が関与するさまざまな犯罪を隠すのが目的」だと指摘しているのも頷けるところだ。

検察庁法には、検察総長と(法務大臣が)協議して人事せよとある。検察の独立を保障するための強制規定だ。ところで法務大臣は、検察人事委員会の30分前に法務部庁舎に検察総長を呼び出して、人事案を見せ、協議を経たという形を整えようとした(捜査ラインをバラバラにする人事であることはわかっているのに)。「捜査ライン虐殺のための策略」に乗る検察総長がどこにいるだろうか。それなのに総長が来なかったと「御命に逆らった」と言っている。御命とは王様の命令という意味。これを破った罪を犯したということで、朝鮮時代の義禁府(ウィグムブ)に連れ出されたような格好になっている。義禁府というのは、朝鮮時代にあった刑務所のようなもの。

朴槿恵(パク・クネ)政権の時、国情院コメント事件を捜査してきた尹総長が左遷されたことがあった。この時野党議員だった秋美愛氏を含む現政権の人々は、尹総長に向かって「権力の外圧に動揺しない強靭さを見せつけた」「本当の検事」「検事の鑑(かがみ)だ」と称えた。しかし今や自らが掌握した政権の捜査を尹総長が始めると、「その傲慢さを厳しく罰しなければならない」と言う。不利な歴史は記憶しない「便宜的健忘症」は、どうしてこうも一貫しているのだろうか。開いた口が塞がらないとはこういうことをいうのであろう。検察改革という名のもとに、正義を旨として検察の仕事を推し進める尹錫悦検事総長の懲戒までもが検討されているという声も聞こえる昨今だ。

朴槿恵前大統領の弾劾を捜査するチーム(特別検事)の一員でもあった尹錫悦氏。これを見てもわかるように、尹錫悦氏は右でも左でもない。右の朴槿恵前大統領の時は朴槿恵前大統領を弾劾し、左の文在寅政権においては文在寅大統領の腹心であるチョ・グク氏の不正をお天道様のもとに完膚なきまでに明らかにする。彼は、右でも左でもなくて、正義が唯一のお天道様なのだ。こういう人材を生かさないでどうするのか。

現政権の圧力で、素っ裸にされてしまった尹錫悦検事総長。その上ねずみの垢のような濡れ衣を探し出して懲戒までも検討しているというではないか。正義が最後まで持ちこたえてほしいところだ。全的に尹錫悦検事総長にエールを送りたい。

■筆者プロフィール:木口 政樹

イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県・米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。元三星(サムスン)人力開発院日本語科教授、元白石大学校教授。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。著書に『おしょうしな韓国』、『アンニョンお隣さん』など。まぐまぐ大賞2016でコラム部門4位に選ばれた。

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