Record China 2013年11月18日(月) 15時11分
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14日、面白い本を手に入れたのでえらく久しぶりに中国のミステリのレビューを。
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2013年11月14日、面白い本を手に入れたのでえらく久しぶりに中国のミステリのレビューを。
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▼同人ミステリ
この『●●姐的超本格事件簿』(ルルさんの超本格事件簿、●はてへんに魯)の裏表紙を見るとおかしなことに気がつく。全世界の書籍に必ず付いているISBNコードがないのだ。そして奥付には「豆瓣推理出版」「非売品・同好交流の使用に限定」という文言。
そう、これは今年10月13日の『第1回上海コミックマーケット』で出品されたオリジナルのミステリ小説同人誌なのだ。値段は1冊30元(約500円)。
陸小包というアマチュア作家がSNSサイト・豆瓣上で連載していた短編シリーズを書籍化したもの。同人誌とはいえ、その装幀は中国国内の下手な小説より綺麗。推薦文はミステリ業界では有名な書評家・天蠍小猪が寄稿している。
▼脱力するトリックの数々
さてその中身はと言うと、これがとんでもない代物で、作者後書きにもある通りそりゃどこの出版社も引き受けたくないだろう。
この短編はルルという女探偵と助手が毎回依頼人の持ち込む奇妙な事件を解決する1作品10ページほどのシリーズだ。
1話目の『超本格殺人事件』(全作品が超○○事件という名称だが、これは東野圭吾の『超・殺人事件』のオマージュだろう)は家に帰ったらミステリマニアの息子が死んでいて、妻に人殺しだと疑われた林という名前の男が相談に来るというストーリーで、『木』というまるで『林』を思わせるダイイングメッセージが焦点となっている。
その依頼事を解くため助手が毎回とんでもない推理をしてルルに突っ込まれるというパターンだが、だからと言ってルルがまともな推理を披露するわけではない。1話目はミステリマニアが昂じて母親を殺そうとした息子が逆に返り討ちに遭ったというお話。ダイイングメッセージとして『本格』と書き残そうとしたのに、『木』まで書いたところで力尽きて終わってしまったというオチだ。
どれもネットで発表していた作品だからSS(ショートショート)並みの分量しかない。ルルと助手の漫才のような掛け合いを抜かせば、さらに短くなるだろう。
ちなみに上述の1話目のオチはまだまともな部類だ。2話目の『超速消失事件』では早くもタイムスリップという禁じ手が登場。3話目は初恋の女性が実は男性でしたというしょうもない話。このような脱力させられるオチが本全体に溢れている。
▼バカミス=巴[口戛]推理
しかしそれで本書をぶん投げるわけにはいかない。何故なら作品の前に3人もの推薦文、解説がずらりと並び、この本がいかに通常のミステリからかけ離れているのか散々注意されるからだ。それを知った上で読んだ読者が悪いのである。
天蠍小猪は推薦文で本書をこう定義付けている。「これは紛れもないバカミスだ」、と。
バカミスとは「おバカなミステリ」「バカバカしいミステリ」というジャンル。中国でバカミスというジャンルが公式に登場した時期は不明。中国本土で公式に登場したのは2011年で、東山彰良の『ジョニー・ザ・ラビット』が『兎子強尼』という名で出版されたのだが、日本で受けた評価そのままに巴[口戛]推理、つまりバカミスと宣伝された。
巴[口戛]の発音はbaga。要するに『馬鹿』の音訳である。ちなみに戦争ドラマで日本兵が「馬鹿野郎」と連呼する影響で、ほぼすべての中国人が知っている日本語となっている。
なお『兎子強尼』出版以前にも、日本のミステリを原文で読むことのできる読者はバカミスに触れていた。バカミスは『巴[口戛]推理』や『蠢推理』(蠢:愚か、間抜けの意味)と翻訳され、中国人読者の間に浸透していった。
▼『ルルさんの超本格事件簿』はバカミスなのか?
ちなみに『兎子強尼』の序文を書いたのも天蠍小猪だ。ではバカミスを知る彼にバカミス認定された『ルルさんの超本格事件簿』はバカミスなのだろうか。
タイムスリップというどうしようもないオチはともかく、どんなに下らなくて非現実的な謎にも一応伏線めいたものを用意している。探偵と助手の掛け合いはこの謎より遥かにつまらないが、作者自身寒いギャグと言っているので追求しても意味がない。
しかし、作者の陸小包は後書き等では自身の作品をバカミスと言っていない。むしろ天蠍小猪にバカミスの説明を受けたことに感謝している。彼がバカミスを知らなかったとは考えられないが、本格ミステリを真似たパロディ小説ぐらいだと思っていたようだ。
それが天蠍小猪にバカミスと定義付けられたことで、本作はミステリ小説としてようやく扱えるようになったと言えなくもない。バカミスとしてもレベルの低いことが問題ではあるが…。それに、いくら予備知識が必要だからといって、作品の前に3人もの評論兼注意書きを載せて予防線を張りまくるのもいただけない。これじゃ本を投げようにも投げられない。
そして聞き間違いをもとにしたガッツ石松的オチが3話以上あった。多すぎる。バカミスと聞き間違いは親和性が高いようだ。
■筆者プロフィール:阿井幸作(あいこうさく)
2007年から北京での生活を開始。キオスクで売られていた中国オリジナルのミステリ誌を目にし、現代中国のエンターテイメント小説に興味を持つ。現地在住の利点を生かし中国のミステリ、ホラー、SF、ライトノベルなどを購読・収集し、作品のレビューや業界のニュースをブログ「トリフィドの日が来ても二人だけは読み抜く」に掲載している。
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