<コラム>米中貿易摩擦時代の日中ビジネス(2)米国の対中政策と日本企業の立ち位置

松野豊    2020年10月3日(土) 11時20分

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日本経済新聞社のアンケートでは、日本企業の中国拠点からの転出に関するもの以外に、米中摩擦における米国の対中政策についての意見も聞いている。写真はワシントン。

前回に引き続き、最初に日本経済新聞社(2020年7月)のアンケート調査について触れる。アンケートでは、前回取り上げた日本企業の中国拠点からの転出に関するもの以外に、米中摩擦における米国の対中政策についての意見も聞いている。

日経新聞の記事によると、日本のビジネスマンの48.1%は「トランプ政権の対中政策を支持する」と答えている。また(軍事転用可能な)ハイテク技術については、43.7%の人が中国との連携を抑制すべきであるとも答えている。

この数字を中国の友人に伝えると、「衝撃的だ」、「信じたくない」といった反応が返ってきた。中国人はトランプ氏を世界秩序の破壊者だと確信しているからなのか。またある友人は、「日本が米中のどちらにつくのかと聞かれれば、米国だと答えるのは当然だろう」とも言ってきた。

後者の反応には誤解もありそうだ。このアンケート調査では、トランプ政権の「対中政策」について聞いているのであって、日本が米中のどちらにつくのかを聞いているのではない。では彼らがこうした誤解をするのは何故だろう?

まず米中摩擦に対する中国のメディアやネット世論を取り上げたい。筆者が見たものが中国全体を代表しているかどうかの確信はないが、少なくとも主要メディアにおける世論の大多数はこうだ。「米国は、中国の正当な台頭を阻止しようとしている」のだと。

そしてその原因として、米国の国際的な地位の低下、トランプ政権の自国中心主義や新型コロナ感染拡大防止の失敗などを挙げている。つまりトランプ氏は自分の政策の失敗の原因を隠すために、中国をスケープゴートにしようとしているだけだというわけである。

2018年の米中貿易摩擦激化以来、中国世論の圧倒的多数はこの論理であり、筆者が見る範囲では中国でこれ以外の論陣を張る記事に出会ったことはない。

筆者は正直、この日経新聞のアンケート調査結果にあまり驚きはない。確かにトランプ政権のやり方は、前任のオバマ時代に比較すると直接的で荒っぽさがある。しかし現在の米国の対中政策の内容は、米国の政府機関が長年調査し分析してきたものの集大成になっていることも確かだ。

米国の対中政策全体に貫かれているのは、中国側が感じる「中国の台頭阻止」ではなく、中国の経済発展過程で散見された「不公正性の是正要求」ではないだろうか。米国は中国に発展するなと言っているわけではない。従って大多数の日本人ビジネスマンは、トランプ政権の関税政策等には賛成しないが、少なくとも米国が主張している中身はかなり的を得ていると思っているのではないだろうか。

誤解を恐れずに言うと、中国の人には自分に深く関わってくる主体を「敵か味方か」の二者択一でとらえようとする傾向があると思う。自分たちに不利なものを突き付けてくるのはみんな敵意があるのだと解釈する。

ここで1970~90年代に経験した日中貿易摩擦の時を思い出してみよう。当時の米国が日本につきつけた要求の中には「言いがかり」としか思えないものも多くあった。しかし我々は米国の要求全体を全否定するようなことはしなかった。いくつかの指摘事項については納得したり、もしくは少なくとも米国がそう考える理由を理解しようとした。

話はそれるが、筆者が清華大学に勤務していた時、外交問題の専門家である著名な先生と日中関係について議論したことがある。その時に言われたことは、今でも頭から離れない。「日本はいつまで米国追随を続けるのか。日本が米国に依存せず自立すれば、中国も日本との外交関係をまともなものにできるのに」。

日本の外交や産業政策がほとんど米国追随だという中国人研究者は多い。その結果彼らは、例えば日本の金融システムや会社制度に至るまで米国と同じだと思い込んでいる。だから特に日本の諸制度に関心を持たない。実際は、日米の政治・経済・社会制度は相当な差異があるというのに。

日本が自立しろとはおせっかいも甚だしいが、それは友達がいない人が、人は一人で生きていくものだと主張するのと同じだ。実際日本と米国の間には、明確にギブアンドテイクが成立している。しかしこのことを中国の識者に認識させるのは容易ではない。

日中の思考回路の違いを論じるのが本稿の目的ではない。筆者は、米中という大国同士が覇権を争うことは仕方がない面もあると思うが、一方で中国に対しては、米中摩擦を二国間の角逐としての視点だけでとらえず、自らの経済や社会の構造を改革する絶好機会だと捉えて欲しいのだ。

これは日本が米中のどちらかにつくかという問題ではない。また日本は、両国の間に割って入り、日本企業の利益をひたすら守ろうとする行動を取るつもりもないだろう。日経新聞のアンケート結果が示しているように、日本は米国の主張そのものには賛成できる点も多いので、今後の中国の改革進展に期待をかけているのだ。

中国には、中長期的かつ国際貢献などの視点に立って自国市場を更に開放し、市場構造を国際ルールに沿ったものに近づけて欲しい。日本企業は、そのためなら中国に協力を惜しまないし、内容によっては日中で一緒に米国側に意見するということも可能だろう。

なぜなら中国の政治経済の改革こそが、日本企業に新たなビジネスチャンスをもたらすからだ。少なくともビジネスの分野においては、日本企業の立ち位置は明確なのではないだろうか。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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