<コラム>アフターコロナ時代の日中ビジネス(2)中国の産業構造転換と開発区投資

松野豊    2020年7月15日(水) 23時0分

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中国はこれまで、「経済技術開発区」と呼ばれる対外開放のための特区を設置して、中国に進出してきた海外企業に対して税金や賃料を優遇する政策を取ってきた。

中国はこれまで、「経済技術開発区」と呼ばれる対外開放のための特区を設置して、中国に進出してきた海外企業に対して税金や賃料を優遇する政策を取ってきた。その後外国企業への優遇措置は2007年に撤廃され、現在では会社法なども含めていわゆる内外無差別の原則に基づいた法体系になっている。

中国が外資導入に積極的なのは、工場立地などで国内産業を振興し雇用を創出するためであり、また一方では外国の先進的な技術を導入することで国内産業の高度化を図ることも狙っている。

そして経済大国化した現在においても一定の優遇策を備えた開発区は存在するし、現在も新しい開発区も造成され続けている。2013年からは、金融やサービス業の規制緩和を主とする「自由貿易試験区」を設置し、これも現在は18か所にも達している。さらに中国政府は今年4月、大連、天津青島上海蘇州成都の6都市を日中経済協力のモデル都市に指定した。

中国の製造業は、この10年余りで品質向上とデジタル化が進み、自動車や情報機器などの分野で世界のグローバル製造業を支える存在になっている。しかし世界のバリューチェーン全体の中での位置づけを考えてみた場合、斬新な設計アーキテクチャーや革新的な製造技術を生み出すようなグローバル企業は、まだまだ少ない。

筆者は、中国の統計データから製造業の業種別付加価値額(粗利額で代用)とその推移を分析してみた。すると鉄鋼や石油化学のような装置産業の付加価値額が依然として多く、この20年で見た場合に目立った産業構造の転換はみられないことがわかった。

一方日本の製造業の付加価値額の推移をみると、1970~90年代に重厚長大の装置産業から組立産業へ、さらには知識集約産業への構造転換に成功している。現在でも自動車や製造機械などの「複雑性産業」(一橋大学伊丹敬之名誉教授による定義)は、高い付加価値額と国際競争力を保持している。

中国がめざす産業構造転換(転型)のひとつの参考となるのが、この日本の構造転換モデルであろう。日本は当時、石油ショックや円高、日米貿易摩擦など外部環境の変化が大きかったため、否応がなしに構造転換を迫られたという面があった。一方で中国は、一人勝ちの高度経済成長期が続き、一部の業種だけでも付加価値額を継続的に拡大できたため、これまで産業構造転換の機会がなかったとも言える。

しかしいずれにせよ労働コスト等の上昇とともに、中国の製造業も明らかに付加価値拡大の壁に直面している。これを突破するためには、さらに技術革新などを進めて産業の構造転換を進めていくしかない。

そしてそれをもたらしてくれるのは、やはり海外の先進企業からの技術移転なのである。これだけの経済大国になっていても、中国は海外からの直接投資、特にハイテク分野や研究開発投資を強く求めているのが現状である。

中国の地方政府は、日本企業からの投資誘致に一貫して積極的である。この20年余りを見ると日中間には政治的な摩擦が何度も生じているが、この誘致活動だけはあまり影響を受けてこなかった。むしろ日本企業の側が、中国リスクに敏感になって投資を控えたりしてきた。

中国の地方政府は過去数十年間にわたり、自分のところの開発区に日本の大企業からの投資を呼び込むために、幹部たちが大挙来日して説明会を開催してきた。しかし説明会に参加したことのある方にはわかると思うが、中国の地方政府が行う招致ためのプレゼンは十年一日の如くの内容であり、何より日本企業が一番知りたい現地の産業発展計画や地勢的特徴についての説明はほとんど見られない。

しかしだからといって、中国の開発区への直接投資に有望性がないわけではない。確かに中国の市場規模だけに惹かれて投資する時代はもう終わっているし、力をつけた中国企業に技術移転をする必要もない。我々は、「中国は高速に発展しているから」というような地方政府のお決まりの口上には、何の魅力も感じなくなっているのは確かだ。

また日本企業の国際分業戦略も、ある程度最適化されてきている。製造業だけを見ても投資先が米国、EU、中国、ASEANにうまくバランスされている。しかし特に中国は距離的にも近いこともあって、開発区などに製造を担う現地法人を設置し、親子間の内部取引を活用して経営を安定させて、サプライチェーンの重要拠点にしている例が多い。

実際中国の投資環境は、手続き面やインフラ面でみると他の東南アジア諸国と比べて、優れている点も多い。今後は自社の事業戦略上、中国の拠点が製造サプライチェーンの中に明確に位置づけられるのであるなら、中国の経済技術開発区への新規投資も検討に値する。アフターコロナにおいては、中国から開発区への投資を求める「秋波」が今後も絶え間なく送られてくるだろう。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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