松野豊 2020年7月24日(金) 17時20分
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中国の第二四半期のGDP値を見ると、第一四半期からは急速な回復を見せ、物価変動を除いた実質GDP値は昨年同期比から3.2%増加した。成長の中身をよく見ると、公共インフラなどの定資産投資が増大している。
先頃発表された中国の本年第二四半期のGDP値を見ると、第一四半期からは急速な回復を見せ、物価変動を除いた実質GDP値は昨年同期比から3.2%増加した。第一四半期は、前期比-6.8%と記録的に大きく落ち込んだのだが、その分をかなり取り返したことになる。中国では前年同期比しか発表されないが、我々が通常用いる前期比で見ると、第一四半期から11.5%の伸びにもなる。これはまさにV字回復である。
しかし成長の中身をよく見ると、公共インフラなどの固定資産投資が増大している。またこの不景気な時に、何と不動産開発投資が前年同期比でプラスに転じている。一方で個人消費(社会消費品小売総額)と外需の第二四半期の数字は芳しくない。第一四半期よりは増加しているものの、まだまだ回復力が強いとは言えない。
実は中国経済には既に以下のような懸念事項が存在していた。筆者は、中国の統計データから「限界資本係数」(実質経済成長率1%あたりの資本投資量)を概算してみた。すると2008年のリーマンショックあたりからこの係数が急伸していて、明らかに資本投資効率が悪くなってきている。これは、リーマンショック当時、中国政府が4兆元にもおよぶ巨大な公共投資を一気に行ったことも影響しているだろう。
日本も1990年代に日米貿易摩擦に対応するために巨大な公共投資を約束実行し、そのため限界資本係数は急速に増加した経験がある。公共投資が都市部から地方へと拡大していくと投資効率が低下することが想定される。中国も同じようなことが既にコロナ以前から起こっていたのだ。
そこで今回中国政府が今年5月の全人代(全国人民代表大会)において、当時と同じ失敗を繰り返さないために打ち出した政策が「新基建(新型インフラ建設)」なのである。内容は、従来型の道路や鉄道のような公共インフラ投資とは違って、主に5Gなどの情報通信インフラやスマート交通インフラといったデジタル経済を牽引するインフラへの投資になっている。
中国は既にITサービスの分野では、次々と新しいビジネスが生まれてきており、デジタル先進国だと言ってもよいだろう。だからさらにインフラ部分を高度化して、新しい産業の勃興に期待をかけようということである。
中国が巨額のデジタルインフラ投資を行えば、電子部品や素材などで日本企業にも一定量のビジネスがついてくるので、これは歓迎すべきことだ。しかし中国からの秋波はおそらくそれだけではないだろう。デジタルインフラ投資に伴って生み出したい領域、例えばスマート交通、スマートエネルギーなどのリアルビジネスとの融合領域に対しては、日本企業の参画にも期待してくるのではないだろうか。
中国はデジタルインフラについての技術力は高く既に先進国レベルではあるが、それを活用した実ビジネスや社会システムサービス分野などは未発達な部分があり、そこの領域に対して日本企業の参画を求めてくるのではないかと思われる。
例として考えられる分野は、医療、教育、防災などであろう。しかし如何に有望な分野であっても、日本企業が中国に進出してこれらの社会システム事業をビジネスとしてやっていくことには無理がある。それは外資規制の問題だけでなく、社会制度や文化の違いなどが大きな壁として立ちはだかるからである。
しかし少し発想を変えてみると、新たなチャンスがみえてくる。中国のデジタルインフラ投資が高度化すれば、中国の先進ITプラットフォーム企業がその上で様々なビジネスを生み出してくるはずだ。そしてその中には、リアルの社会システムにはうまく適合しないものも出てくるかもしれない。
例えをあげると、どんなに先進的なAIで医療診断ができても、治療や処方で病気を治したり患者の社会復帰を支援するためには、生身の医者のいわゆる現場力が必要だ。もし現場でITサービスがうまく使えなければ、宝の持ち腐れになる。
もし逆に、この優れたアルゴリズムを持つAI診断技術を日本の診療現場に持ち込むと、極めて有望なツールになる可能性がある。中国の先進サービス企業が高度インフラの上で考えるITサービス事業は、日本での新たなビジネスモデル考案のヒントになる。
中国のデジタルインフラ投資が日本の産業競争力の脅威になるという観点もその通りだ。しかしインフラは所詮インフラなのだ。今はインフラ建設そのものがGDPになるが、その上にリアルな社会システムが実現できて社会イノベーションが生まれたらその何倍ものGDPが生み出されるはずだ。
今回のコロナ問題で日本の情報インフラの弱点が露呈した。いくら現場力が強くでもインフラが整わないと社会の進歩に繋がらないのだ。この観点で言えば、日本と中国は鍵と鍵穴の補完関係にあるかもしれない。中国の新基建(新型インフラ建設)には、我々にもビジネスチャンスを見出すことができるはずだ。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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