<コラム>日本語と中国語の発音に必要な「覚悟」中国の日本語教師の視点

大串 富史    2020年12月6日(日) 14時10分

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中国の新装開店したタピオカ屋で、脳内になんちゃって中国語野しか持ち合わせていないことがバレバレであっても、現地の中国人に中国語で答える。幸い覚悟ができたのか、やめるつもりは毛頭ない。

前のコラムで僕は、「バベルの混乱」の故事ではないが、どの言語であれ、即聞き取って即理解し即話すなどという神業は、誰にとっても容易ではないと書いた。思うにどの言語であっても、とどのつまり難しさは大差ないのかもしれない。

また特に発音に関し、意外なこととして、日本語と中国語はどちらも習得しにくいという、中国語学習者また中国在住の日本語教師である僕自身の視点もご紹介させていただいた。

この発音の習得については前のコラムでも触れたように、僕らの日中ハーフの娘を含め、バイリンガルまたはトリリンガル以上の子どもたち(特に幼児)が大人に比べ格段に有利なのは明白だ。

なぜなら、多言語を容易に操る子供たちが実際にいるというこのことは、何も専門家や科学者らの発見や研究を待たずとも、これまで世界中で何千年にわたり観察されてきたからだ。皆さんも周りにもきっと、そういう子どもたち(や大人たち)が実際にいることだろう。

とはいえこの経験則には、人をドキドキさせるような科学的な裏付けがある。

前のコラムでもご紹介した「英語を学んでおくと、中学生で『一気に成績が伸びる』深い理由 | 幻冬舎ゴールドオンライン」という記事の中で、英語保育園(プリスクール)を経営する中山貴美子氏が、その科学的な裏付けを分かりやすく説明している。

「同じ言語でも、日本語と英語は脳のなかで処理される部分が異なります。言葉を聞いて理解する部分が違うのです。これは他の言葉でも同じ。スペイン語でも、フランス語でも、中国語でも、複数の語学を身に付けようと考えたとき、脳は異なる場所を使って情報を処理します」。

皆さんもきっと、英語を話している時には脳のここが使われていて、日本語を話している時には脳のあそこが使われていますみたいな、脳のMRI(磁気共鳴画像)をご覧になったことがあるに違いない。

つまり本来であれば(バイリンガルやトリリンガルといった幼児期における複数言語の習得であれば)、それぞれの言語は脳のそれぞれの領域(言語野)で処理される。別の言い方をすれば、新しい言語を学ぶたびに、その言語の領域が新たに出来上がる。

だから幼児教育における言語訓練が奏功するのは、理由があってのことなのだ。

だが問題は、子どもではなく大人が、どうすればこの新たな言語野を脳内に作れるようになるのか、という点にある。

この点について、「多言語使用―脳科学、言語学、教育学からの多面的アプローチ-脳科学から見た効果的多言語習得のコツ」という論文の中で、浜松医科大学名誉教授また日本医学英語教育学会名誉理事長である脳神経外科医の植村研一氏は、人をドキリとさせるような科学的事実を指摘している。

「医学英語論文の読み書きは堪能だが、英語圏に留学した経験がなく、英会話のできない医師の(MRIは、)英語を聞いた時も日本語を聞いた時もウエルニッケ感覚性言語野の同じ部位の血流が増加しており、被検者は聞いた英語を全く理解していなかった。」

「このことは彼のウエルニッケ感覚性言語野には日本語の中枢しかなく、英語を聞いても日本語野が活性化されるために理解できないのである。文法と翻訳のみで何年英語を学習しても、ウエルニッケ感覚性言語野に英語野は形成されず、バイリンガルにはなれないことを示している。」

「(その一方で)乳幼児は母親の言葉を聞いているうちにそれを理解する神経回路網をウエルニッケ感覚性言語野の特定の部位に形成し、それを基盤に話すことも、文字の読み書きもできるようになる。外国に移住した子供たちも周囲の子供たちと遊びながらウエルニッケ感覚性言語野にその外国語野を独立させて会話が自由にできるようになる。」

もう、お気付きになられただろうか。そう、話すことと聞くことは脳内でセットになっており、脳内の新たな言語野形成にとって必要不可欠であって、これに読み書きをプラスできる。だが逆に読み書きだけでは、いつまでたっても脳内に新たな言語野は現れない。

このことについてさらに一歩踏み込んで考えるなら、ドッキリな結論へと至る。

つまり話せない(発音が難しい)のは、新たな言語野が形成されていないからで、よく聞き取れてもいない、ということなのだ。さらに言えば、よく聞き取れていないから、正確に話せるはずもない。

では一体どうすればいいのか。簡単に答えだけを述べてしまうなら、覚悟を決めるしかなかろう。

もっともこの点については、もっと忌憚ない言い方をする人もいる。

「『発音を学ぶのは12歳まで』のウソ | 脳が認める外国語勉強法 | ダイヤモンド・オンライン」という記事で、ドイツ語(CEFRガイドラインでC2[英検1級以上])・フランス語(C1[英検1級並])・ロシア語(B2[英検準1級並])・イタリア語(B2)・ハンガリー語(B2)・スペイン語(B2)・日本語(B1[英検2級並]を習得しているシカゴ在住のオペラ歌手、ガブリエル・ワイナー氏は、「発音のことを気にかけないといけないから、気にかけているだけだ。ひどいドイツ語の歌に、誰もお金を払ってはくれない。だから、正しい発音をマスターするのに時間をかける。早くから発音の学習を始めて、話すときの口の動きを正確に認識するのだ」と言っている。

僕も学生時代に音楽家になろうと志したことがあるから、音楽家肌の彼の言いたいことがよく分かる。

それは簡単に言ってしまうと、「君、それで本気でやってるんだって?食ってかなきゃいけないってのに、その程度で、本当に本気だって?」ということである。

その一方で音楽家になれなかった凡人の僕は、中国語が聞き取れないし話せないとか、日本語の発音がどうしても直らないんですという皆さんに、「本気を出すんだよ、本気!」と忌憚なく述べる代わりに、親身になって寄り添いたい。

いやー、本当に本気でも、できないものはできないんだよ!って時が、人間にはありますよね。

だからこそ、覚悟が必要になる。次の2つの覚悟のうちから、1つを選んでほしい。

その1:子どものようになって、中国語または日本語をとにかく楽しく学ぶ。

子どもなのだから、学びながら歌を歌ってもいいし、絵を描いてもいいし、ダンスでもゼスチャーでもいい。この手の教材やメソッドを活用するほか、通常の教材やメソッドも、子どものように遊びの一環として取り組む。

大人であるのに「子ども」になるには、覚悟が必要だ。子どもは「いまさら子どもになれなんて、人を馬鹿にするにもほどがある!」と激高することもなければ、失敗を恐れたり恥ずかしがったりすることもない。大人のようなごまかし方やリアクションで脳内回路を無駄遣いすることもなく、違うとかダメだとか言われても大人のように言い返したり投げ出したりはしない。

その2:僕のように異国に一人捕らわれの身となって…いや違った、移住して帰れなくなったと想定し、ひたすら慣れようと頑張り続ける。

僕が思うに、2は1より簡単である。コツはやめないことだけで、覚悟さえできれば、あとは時間の問題だ。個人差もあろうが、10年20年スパンで必ず進歩できる。

つまり、これまで世界中で何千年にわたり移民の人たちが経験してきたことを、そのまま、まるっと受け入れればいい。そう覚悟すると、脳も受け入れモードになる。だからこそ移民のほとんとが、最後には第二の母語を話せるようになる。

もし1と2を一緒にできるなら、さらに効果がある。もし語学的センスがおありの方であれば、これに「本当に本気」をプラスできよう。

「あんた、一体どこの人?」。今日も今日とて、中国の新装開店したタピオカ屋で「いや日本人で、中国人の妻と一緒にここにいるんです」と現地の中国人に中国語で答える僕がいる。たとえ脳内になんちゃって中国語野しか持ち合わせていないことがバレバレであっても、幸い覚悟ができたのか、やめるつもりは毛頭ない。

だから僕はいつも、日本語を学ぶ中国人の学生たちに中国語で、たとえばこんな感じの励ましの言葉をかけている(この辺の詳しい話は、拙著「中国語超学習法」上下巻を、どうぞご参考いただきたい)。

「君たちは、絵描きと凡人の違いについて、聞いたことがありますか?絵描きと凡人は、一体どこが違うのか?」

「絵描きはね、目がいいんです。見えているものをそのまま全部絵に描く。だから目さえよければ、たとえ手が不自由であっても足や口を使って描くことができる。」

「一方で凡人である僕らは、自分が見えてない部分を、想像力で補って描いている。簡単に言えば、見えているようで、よく見えていない、ぶっちゃけ、ちゃんと見てないんです。でも本当に本気で見ようとしても、凡人にはやっぱり限界がある。」

「じゃ、君らの描く絵はダメダメなのかって?それは絶対に違う。たとえば君らの子どもが描く絵と、君らの絵を比べたらどうか。あるいは君らが子どものころ描いた絵と、今描いた絵を比べたらどうか。」

「だから要は、慣れなんです。日本語の発音だってそう。ただ慣れればいい。本当にそれだけ。誰にでもできる。」

「だって君らは、既に母語を話してるじゃないですか。君らの脳みそは、既に準備OKなんですよ!僕は君らの心も、既に準備OKだって信じています。」

「ところで僕の中国語、どう思います?君らと同じ?そんなはずがあるわけない。でも、僕は絶対やめませんよ。君らもやめる必要は全然ないんです。我們継続一起加油吧(引き続き一緒に頑張りましょう)!」

■筆者プロフィール:大串 富史

本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。

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