<書評>ガブリエル著『つながり過ぎた世界の先に』=中国が史上初めて世界中の人間行動を統合

八牧浩行    2021年5月2日(日) 17時0分

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◆コロナ後、資本主義はどう変わるのか。「新実在論」「新実存主義」「新しい啓蒙」と次々に現代思想の新しい潮流を生み出している、ドイツの気鋭哲学者マルクス・ガブリエル氏が、新しい時代のビジョンを提起する。

◆コロナ後、資本主義はどう変わるのか=完全に「同期」した世界!

「新実在論」「新実存主義」「新しい啓蒙」と次々に現代思想の新しい潮流を生み出している、ドイツの気鋭哲学者マルクス・ガブリエル氏が、新しい時代のビジョンを提起する一冊。世界中を覆った新型コロナウイルスの蔓延により「人類史上おそらく初めて、世界中で人間の行動の完全な同期がみられた」と新たな論考を披露。「コロナ禍で人々が一斉に倫理的な行動をとったことは、資本主義の行方にどのような影響を与えるのか」と問い掛けつつ、国と国とのつながり、個人間のつながり、経済活動のつながりなどを読み解き、個人の生のあり方を見つめ直す。

本書の冒頭、コロナ禍により「世界が意識的に行動を統一させた」と強調。「私が最も眼を見張ったのは、世界中の人間の行動を最初に統合し、ロックダウンの方法やペースなどを設定したのが中国だったこと。中国が人類史上初めて、すべての人の行動を変えることに成功した」と続けた。その上で、「中国がリーダーとして世界の基調を定めた。これは新しいこと。こうした同期化はかなり興味深い」と独自の見解を披歴する。「(中国は)リーダーとして世界の基調を定めた」との指摘は従来のステレオタイプ的な論考にはない哲学者ならではの斬新な切り口である。

さらにこの同期化はウイルスが我々に強いたものではないとし、「すべての人間は当然ながら同じ種。日本の方々は私と同じ種の日本版であるというだけで、同じホモサピエンス。同期化の説明として考えられるのは、ホモサピエンスはウイルスに直面したとき、特定の反応をするということ」と続ける。その上で「行動の同期化には社会経済的、政治的、心理的な説明、そして最終的には哲学的な説明が必要だと思っている。多くの国と夥しい人がウイリスの個人や社会全体へのリスクを過大評価している一方で、一部の人は過小評価している」という。

「2019年以前の秩序は終焉した」との見解も刺激的だ。「あらゆることが起こった今、社会全体について考え直している。人間の行動は植民地化されただけでなく、コロナ化された」と指摘。過去20年間に、新型インフルエンザ、SARS、MERS、エボラ出血熱など新種のウイルスが続々と出現している事例を紹介した上で、「この期間に出てきたウイルスの数は非常に多い。それに気が付いた今、もう以前の『普通』の状態に戻ることは決してないと思う。2019年までの世界は終焉し、以前の秩序は影も形もない」と断じる。

さらに「アメリカ人は自分達が反差別主義者だと信じているが、実際には差別主義であり、中国人は漢民族という差別主義的な概念の上に成り立っていて、明らかな差別主義者である。この二国が接触するとき、激しく対立する」と喝破。「トルコをEUに入れなかったことは失敗だった。中国についても敵視せず、人類のコミュニティの一員として接することが必要である」と記述する。

また「危機は倫理的進歩をもたらす」と持論を展開。ウイルスは、倫理的行動こそが問題の解決であることを教えてくれた」「コロナ後は環境の危機と経済危機が間違いなくやってくる。その解決は、経済的価値体系を、倫理的価値体系と一致させること、すなわち『ネイチャー・ポジティブ』な経済である」と強調する。

著者が唱える「ネイチャー・ポジティブ」経済とは、資本主義のインフラを使って、倫理的に正しいこと、たとえば、失業者を雇用したり、環境保全を行ったりする経済のことである。「21世紀は倫理資本主義の時代である。世界で最初に持続可能で、かつ倫理的な資本主義体制を作った国が、21世紀で最も豊かなスーパーパワーになるだろう」と記し、「倫理資本主義」時代の到来を予言している。

さらに「足元のコロナ禍は様々な景色を炙り出しているが、そこで我々の眼に入って来ることだけで判断してはいけない」とし、「巨視的にみれば地球とウイルスの関係は人間とウイルスとの関係よりも圧倒的に長く、ウイルスもまた地球の一部であり、人間からみた『自然』の一部と捉えた方が適切かもしれない」と語りかける。

「倫理的価値と経済的価値は全く同じである」との主張も興味深い。現在の資本主義では低賃金の労働者を上手く使う「搾取モデル」がはびこっているとし、本来は倫理的に正しい行動を採った結果として儲かるような経済にするべきであるという考え方である。

「パンデミックで世界経済がスローダウンしていることは、地球環境には良いこと」と歓迎し、人間によって痛めつけられた地球にとって「ウイルスは地球の免疫反応」という表現は興味深い。「人間が倫理的な行動を採ることによって地球環境は破滅を免れ、そうでなければ現代文明が絶滅する」という警告にも耳を傾ける価値があろう。

マルクス・ガブリエルは1980年生まれ。史上最年少の29歳でボン大学正教授に就任。西洋哲学の伝統に根ざしつつ、「新しい実在論」を提唱して世界的に注目される。著書『なぜ世界は存在しないのか』は世界中でベストセラーとなった。

『つながり過ぎた世界の先に―コロナ後、資本主義はどう変わるか』

マルクス・ガブリエル 著   高田亜樹 訳   (PHP新書=960円=税別)

■筆者プロフィール:八牧浩行

1971年時事通信社入社。 編集局経済部記者、ロンドン特派員、経済部長、常務取締役編集局長等を歴任。この間、財界、大蔵省、日銀キャップを務めたほか、欧州、米国、アフリカ、中東、アジア諸国を取材。英国・サッチャー首相、中国・李鵬首相をはじめ多くの首脳と会見。東京都日中友好協会特任顧問。時事総合研究所客員研究員。著・共著に「中国危機ー巨大化するチャイナリスクに備えよ」「寡占支配」「外国為替ハンドブック」など。趣味はマラソン(フルマラソン12回完走=東京マラソン4回)、ヴァイオリン演奏。

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