松野豊 2021年8月13日(金) 11時0分
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中国の産業政策においてこれまで常に取り上げられているのが、「技術イノベーション」であり、中国語では「創新」という言葉で表現されている。写真は5Gの広告。
中国の産業政策においてこれまで常に取り上げられているのが、「技術イノベーション」であり、中国語では「創新」という言葉で表現されている。今回の「第14次五か年計画」における発展指標の中では「創新駆動」という表現が使われており、これはイノベーションによって経済成長を持続させることを指す。
この「創新駆動」で設定されているKPI(数値目標)は、研究開発投資額増加率が年平均7%以上、1万人当たり発明特許保有件数12件、デジタル経済基幹産業規模増加値の対GDP比率10%の3つである。
経済成長における技術イノベーションの重要性については、論を待たない。しかし中国の産業政策においては、これまでのところ技術イノベーションの進捗を評価する有効な指標は見出されていない。
筆者の見解では、今回の五か年計画に示されている上記の3つのKPIでは明らかに不十分である。つまり中国は膨大な研究開発投資をしてきているにもかかわらず、技術イノベーションがどれだけ進んでいるのかを定量的に示せる有効な手段を持ち合わせていない。
経済学では、技術進歩が経済成長にどれだけ貢献したかを表すものとして、全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)という指標がある。これは工学的な技術革新、規模の経済性、経営の革新、労働者の能力向上などによる広義の技術進歩を表す指標だが、中国の技術イノベーション政策の効果をマクロに評価するためには役立つはずだ。
ただしこのTFP値は、付加価値額、有形固定資産、労働者数などのデータを必要とし、一般的な統計データから算出する方法は少し煩雑である。中国の場合で言えば、TFPの計算を行おうとすると、一般に公開されている統計データだけでは難しい。
筆者は、不十分ながら製造業に関する統計データからTFPを試算してみた。図1は製造業のTFP値の増加率の推移である。比較のために日本の数値も合わせて示した(日本は全産業)。
これだけのデータで軽々には言えないが、TFPの伸び率を見れば中国の技術イノベーション政策は一定の効果をもたらしてきていると言える。ただし製造業のTFP値の直近5年の平均増加率は約3%に低下している。近年は研究開発投資額が増加し、2桁の伸び(2019年は12.5%)になってきているにも関わらず、TFPの増加率が低下してきているのは、懸念すべき事項だと言えるかもしれない。
また技術イノベーション政策の効果としては、経済成長への貢献以外に国家や企業の収益にどのくらい貢献しているのかという視点も考えらえる。例えば、国家の経常収支には「知的財産権収支」という項目がある。図2は、国別の知的財産権収支の推移を示したものである。
各国が発表している経常収支データによると、中国の知的財産権収支は21世紀に入ってから赤字であり、しかもその額は拡大していて2019年は約300億ドルの赤字である。一方米国は800億ドル、日本は200億ドルそしてドイツも100億ドル程度の黒字であり、いずれも近年は黒字額が拡大基調である。
図2のデータも技術イノベーションのある一面しか捉えられていないと思うが、しかし中国の産業政策では研究開発投資や特許数などをKPIにしているにもかかわらず、得られた知的財産権は国家の収益化には貢献できていないということになる。
さて中国の技術イノベーション政策の中で、唯一その効果が定量化されていると言えるのは、デジタル経済産業発展への効果であろう。中国政府は毎年、「デジタル経済発展白書」を発表しており、ここでは五か年計画のKPIである「デジタル経済基幹産業規模増加値の対GDP比率」の進捗などが定量的に示されている。
中国の技術イノベーション政策においては、デジタル経済への投資が最も目に見える効果をもたらしていると言える。前回の五か年計画(2016~20年)では、インターネットやデジタルインフラの普及率をKPIとしていた。そして中国のイノベーティブな民間企業群は、その基盤の上で数多くのデジタルサービス産業を開花させたのである。
前回の五か年計画では、政府がデジタル基盤投資、民間企業がビジネス創造と役割分担がはっきりしていたことがデジタルサービス産業の発展に大きな成果をもたらした。しかし現在では産業のフェーズが進んできており、今後はITサービスやビッグデータなどを指す「デジタルの産業化」から、製造現場や社会サービスにおける「産業のデジタル化」の方に重点が移っていくだろう。
ここに日本企業のビジネスチャンスが見出せそうだ。中国のデジタル産業や関連するビジネスモデルは、今や世界をリードする存在だ。行政のデジタル化程度で右往左往している日本との格差を強く感じる。
しかしリアルの産業現場へのデジタル技術適用では、現場業務の成熟度が高い日本にも出番がやってくるだろう。日本企業のビジネスチャンスは、中国の先進的ビジネスモデルや創造力に富むベンチャー企業を日本に取り込み、グローバルに「産業のデジタル化」を進めていく中に生み出されていくのではないだろうか。そしてそれができれば、中国の技術イノベーション政策効果の定量化が進むことにも資するだろう。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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