吉田陽介 2021年9月10日(金) 13時0分
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米中関係は新型コロナウイルスの起源問題や香港、ウイグル問題などで対立を深め、「新冷戦」の様相を呈している。米中両国の対立は貿易摩擦から端を発し、「貿易戦争」と言われた。写真は中国の電子部品工場。
米中関係は新型コロナウイルスの起源問題や香港、ウイグル問題などで対立を深め、「新冷戦」の様相を呈している。米中両国の対立は貿易摩擦から端を発し、「貿易戦争」と言われた。
中国はソ連と対立していた時期もそうだったが、大国を批判するが、全面的対立を避けるよう動いている。米中貿易摩擦は中国経済にも影響を与え、経営が悪化した企業も少なくなかった。それを受けて、2019年の全人代の報告は、米中貿易摩擦がもたらしたダメージを緩和するための措置が打ち出された。
バイデン政権に変わった現在も、中国は各種メディアを使って米国の「中国攻撃」を批判している。こういう流れを考えると、米中間の経済関係は改善が見込めないと見られるが、中国国内には楽観的な見方もある。
■中国の証券会社のレポート、米中貿易摩擦の見通しを楽観視
中国の光大証券公司は8月5日、同社チーフエコノミストの高瑞東氏を筆頭著者とする「米国が最も減免したい対中関税はどの製品か」と題する研究報告書を発表し、米国が中国に課している対中関税減免の方向に向かうと指摘した。
報告書はまず、米中貿易戦争の見通しについて楽観的見通しを示しており、「第4四半期(10月~12月)、米中経済貿易関係は緩和する」としている。その理由として、報告書は「関税が米国国内にインフレをもたらし、米経済の回復を妨げるためだ」と述べている。
高い関税は必然的に企業のコストを上昇させ、価格への転嫁が行われる。現在は経済のグルーバル化が進んでおり、世界経済から切り離して自国を発展させることは不可能に近い。中国の国内消費も高度化しており、かつてのように「自力更生」路線を歩むことはできない。
米国経済は回復基調にあるが、依然大きなインフレ圧力を抱えている。そのため、報告書は、「インフレ圧力が対中関税減免のきっかけとなる」と述べる。その時期については、第4四半期と予想している。
米国のパンデミック失業支援プログラムが9月末に期限切れとなることと、社会経済活動が再開されることなどから、サプライチェーンの回復を妨げるコロナ関連の制限も徐々に緩和される見込みであることを、報告書はその理由に挙げている。
ただ現在、世界ではデルタ株が依然猛威を振るっており、報告書が指摘するように、規制が緩和に向かうとは現時点では楽観できない。
■「一国主義」は成り立たない、米中両国は切り離し不能
次に、報告書は、米国がすべての対中関税を撤廃することで、最終消費の価格と生産段階の価格を効果的に引き下げることができると述べている。周知の通り、米国は世界最大の消費財輸入国といわれ、輸入は同国の消費にも大きな影響を与える。そのため、トランプ前政権のような「米国一国主義」は成り立たない。
報告書で言及しているデータによると、米国の輸入が最終消費に占める割合は10.7%で、生産段階の26.3%を占めている。最終消費関連の輸入で、中国からの輸入の割合は約16%、米国の生産段階関連の輸入で中国からの輸入の割合は21%となっている。
米国の生産と消費に対する影響について、報告書は、中国からの輸入が米国の最終消費に与える実質的影響は1.7%、米国の生産段階に与える実質的影響は5.5%であり、すべての対中関税を減免することで、最終消費の価格を約0.2%、生産段階の価格を約0.7%引き下げることができると分析する。これを見ると、対中関税減免による価格低下の幅は大きくなく、実質的な影響はさほど大きくないことがわかる。ただ、インフレ圧力をやや緩和するという点では意味がある。
■政治面で対立深まる米中、経済面でも強硬姿勢か
では、なぜ対中関税減免に踏み切る可能性があるのかというと、政治的な要因もあると報告書は指摘する。
報告書は、「バイデン大統領の中心的要求はインフレ圧力をどれだけ緩和するかではなく、関税減免と引き換えに利益を得ることだ。政治家にとって、中国にどのような政策を課すかは、その時期の政治的要求にしか役立たない」と述べた。トランプ前大統領が対中強硬姿勢をとってタカ派の有権者の取り込みを図ったように、バイデン大統領も対中関税を削減することで、対中強行姿勢に反対する勢力も取り込んで、2022年の中間選挙で高い支持を得ようとしている。
バイデン大統領はトランプ前大統領の対中強行姿勢を転換させるのではないかという観測もあったが、現在の状況を見ると、その方向には動いておらず、対中包囲網を形成しようとしている。ただ、現在の世界経済は中国の影響力が大きいため、対立は政治面ほどではないと考えられる。そのため、報告書は中国が市場参入のさらなる緩和や開放拡大を行うのを期待して、中国に圧力をかけ続ける可能性がある。その際に、バイデン大統領は対中関税の減免をカードとするのではないかと分析する。
■対中「デカップリング」は幻想?製造業に依存する米国
報告書は、「中国が対米輸出する機電製品(機械設備、電気設備、交通輸送手段、電子製品など)と機械設備は2019年に米国の追加関税除外リストに入っており、今年の第4四半期にも関税減免手続きが開始される見通しだ」と述べている。
米中貿易摩擦は、「貿易戦争」という言葉も使われ、双方の「デカップリング」が進むと思われたが、前述のように、全面的対立を避けている。2018年末から2020年8月にかけて、米国は追加関税除外リストを次々と出した。2019年に、機電製品と機械設備が追加関税除外リスト入りし、それらは常に追加関税除外リストの主要な部分となっている。このことは、米国が中国製品への依存度が大きいことを示している。その理由について報告書は、電気設備、機械設備の分野で、米国の中間財の輸入依存度が比較的高いことと、2019年以降、工業製品とハイテク製品分野で、中国の対米輸入シェアの下落幅が比較的小さかったことを挙げている。
機械設備の分野で、米国は中国への依存度が高いが、ローテク製品(食品、農産物、紡績服)はやや状況が異なっている。当該製品の中国の関連品目の多くは一貫して追加関税除外リストに入っていなかったが、2020年第2四半期(1月〜3月)に、コロナ禍の影響もあって、米国の「巣ごもり経済」関連製品に対する需要が急速に増えた。それを受けて、中国の家具、製紙関連品目がようやく追加関税除外リストに入り始めた。だが、報告書は、「ローテク製品は、コロナ禍でも対米輸出のシェアが東南アジア諸国に取って代わられている」と指摘した上で、「米国は中国のローテク製品への依存度が低く、関連品目が関税減免を受ける可能性が低い」と結論づける。
機械設備での依存度が高く、ローテク製品でのそれが低いことは、中国経済がバージョンアップしたことを示している。中国は教育レベルの高い労働力を確保することはできるため、他の途上国に比べ人的資源の面で優位に立っている。さらに、現在の中国はイノベーションを推進しており、それをものづくりと結合させ、より高度な製品を作っている。そのため、中国の製造業は米国にとって不可欠な存在となっている。
中国は米中貿易摩擦の中で、「双方が仲良くすればメリットがあり、対立すればともに傷つく」という言葉を繰り返してきた。今年前半の4か月の米中貿易は1兆4400億ドルに達し、輸出は前年同期比49.5%増の1兆500億ドルで、輸入は前年同期比53.3%増の3930億ドルで、輸出・輸入ともに増加した。政治関係の影響を受けて、多少の後退はあるかも知れないが、中国は米国との全面対決を望んでおらず、米国経済にとっても中国は不可欠な存在であるため、報告書が示すようなシナリオとなる可能性がある。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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