松野豊 2021年10月22日(金) 16時0分
拡大
中国の内需が拡大して国内消費が経済成長をけん引するような産業構造になっていくとするなら、現在のように中間財だけでなく最終消費財の輸入が増加する傾向を示すだろう。写真は蘇州。
前稿では、中国経済の内需主導度を「流通業の効率性」という観点から評価してみた。日本の日米摩擦時の経験をもとに、流通業の生産性向上が内需拡大をもたらすという考えに基づく分析である。
もうひとつ、中国の内需拡大状況を評価するために「産業構造の変化」に注目する方法もある。中国は、製造業を中心にアジアの近隣国と国際分業を行っている。現在は日本や東南アジア諸国から素材や部品などの中間財を輸入し、製品を中国で製造した後、最終消費財として欧米先進国に輸出するという分業が主流となっている。
ひとつの考え方として、もし中国の内需が拡大して国内消費が経済成長をけん引するような産業構造になっていくとするなら、現在のように中間財だけでなく最終消費財の輸入が増加する傾向を示すだろう。
そこで経済産業研究所(RIETI)が分類集計して提供しているTrade Industry Databaseを用いて、中国の「輸入総額に占める最終消費財の割合」を相手国別に集計してみた。図1は過去10年の推移を示したものである。なおEU5とは、EUの主要5か国である。
中国の最終消費財輸入比率は、ここ十年で着実に増加してきている。しかし内需大国の米国ではこの数字が2019年で32%、日本でも25%となっており、中国の比率はまだ高くない。この分析からも中国は、まだ内需主導型経済には至っていないと考えられる。
以上前稿と合わせて、国内市場の効率化(流通業の効率化)、最終消費財の輸入拡大という2つの観点から中国経済における内需牽引度を評価してみた。これらの評価はあくまでマクロな統計データを用いたものなので、何かを断定することはできないが、少なくとも「中国が内需主導型経済に向かっている」という傾向を判断する手掛かりにはなろう。
さて、中国経済を“内需拡大途上”という観点でみた場合、日本企業のビジネスチャンスはどこにあるだろうか。
まず第一の「流通業効率化」という観点で見た場合、昨今の中国市場における小売業を中心としたデジタル化等の進展で、少なくとも顧客接点の部分では中国企業が日本より先を行っており、日本企業のビジネスチャンスは少ない。
しかし小売業などのバックエンド、例えば物流などのインフラ面においては、中国も生産性向上の途上にあるため、例えば物流関連設備や低温物流などの分野では、我々の事業機会が見出せそうだ。
第二の「最終消費財輸入拡大」の観点で言えば、新型コロナ問題発生前の中国人による日本製品購買(いわゆる“爆買い”)が、コロナ後にどこまで復活するかを見極める必要がある。
日本のみならず中国の消費者もコロナ問題や米中摩擦などにより、購買行動が大きく変化してきている。現地報道などによると、最近の中国での消費は、「モノ消費」から「コト消費」へと移りつつあるという。中国内の消費財の品質が一定のレベルに達したこと、経済の成熟化で消費者の購買行動が多様化してきていることなどが背景にあるようだ。
例えば中国では、現在も続々と大型のショッピングモールが開店しているが、最近ではテナントを埋めていくのは、モノを売る小売店ではなく、スポーツジムや教育施設、若者向けバーなどのサービス業が中心である。
しかし学習塾産業については、2021年の夏に突然政府の規制が強化された。大学生や社会人向けなどは規制対象ではないようだが、サービス業の成長株である子供向けの塾産業が消えていくなら、消費市場の縮小につながる可能性がある。
それでも、モノとしての消費財に対する需要は、割合が減ったとはいえコロナ後には一定の回復をみせるだろう。加えて最近は越境ECによる販売インフラや支援サービスが充実してきた。日本企業は、中国の消費者のニーズに合った品質の良い消費財であれば、売り込むチャンスはまだまだあるだろう。日本企業は、インバウンド再拡大への準備を怠らないようにしたい。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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