〈私が見た新疆ウイグル自治区2〉新疆の首脳は?

小島康誉    2021年11月13日(土) 10時0分

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後の国家副主席・王震らと転戦し、国民党政府から新疆を解放、新疆に残り発展の基礎を築いた王恩茂中将。『王恩茂日記』の日本語版を筆者は出版。写真はその出版式。筆者左が王楽泉新疆党書記(撮影:新疆政府)

中国通の方々ならご承知のように、北京市・上海市・広東省・遼寧省…など各行政単位のトップは中国共産党書記が務め、副書記が政府機関のトップが務める。新疆も同様で、新疆のトップは中国共産党新疆ウイグル自治区委員会書記が務め、同委員会副書記が政府のトップにあたる新疆ウイグル自治区主席を務めている。福建・湖北など省の場合は省長と称されるが、内モンゴル・チベット・新疆ウイグルなど自治区では主席と称する。

筆者が新疆ウイグル自治区を最初に訪れたのは1982年。当時の中国共産党新疆ウイグル自治区委員会書記は王恩茂氏(在任1981~85)。後任は宋漢良(在任1985~95)、王楽泉(在任1995~2010)、張春賢(在任2010~16)、陳全国(在任2016~現在)各氏(漢族)。新疆ウイグル自治区主席は司馬義・艾買提(在任1979~85)、鉄木尓・達瓦買提(在任1985~93)、阿不来提・阿不都熱西提(在任1993~2003)、司馬義・鉄力瓦尓地(在任2003~07)、努尓・白克力(在任2007~14)、雪克来提・扎克尓(在任2014~21)、艾尓肯・吐尼亜孜(在任2021~現在)各氏(ウイグル族)。(21年11月現在)

書記・副書記につづき常務委員、主席につづき副主席などがおられる。書記~副主席には合わせて100回ほどお会いし、指導や協力をえた。エピソードは書ききれないが、ホンのひとコマを記す。王恩茂氏:キジル千仏洞修復保存協力協議書調印時に募金パンフレット用に新疆文化庁が作成した王氏の挨拶原稿案を一字一句読まれ、遺産の前に「文化」の2字を挿入された。その実直な姿に感銘を受けた。以来、度々お会いし筆者活動を支持いただいた。北京の解放軍301病院へ見舞いに伺った時は、最高実力者といわれていたトウ小平氏も入院中、病院前には記者があふれていた。トウ氏逝去直後、大手新聞社から「貴方はトウ氏に最後に会った日本人ですが、トウ氏逝去による今後の中国への影響は?」と電話取材。「いや違う。見舞ったのは別の方」と答えた。それでも粘られ「すでに織り込み済みだろうから大きな影響は無いのでは」と応じ、翌日の朝刊に掲載された。

王楽泉氏:新疆政府主催「小島氏新疆来訪20周年記念行事」での会見で「30周年も40周年も」と言われ嬉しいプレッシャーを感じた。 張春賢氏:氏が展開された「訪恵聚」プロジェクトに農業用井戸掘削など微力ながら協力できた。 陳全国氏:チベット自治区から赴任直後の大宴会でお会いし暖かい握手が印象に残っている。 鉄木尓・達瓦買提氏:「新疆をよく知り弟のようだ。小鉄木尓と名乗れ」と。筆者の名刺には今も「小鉄木尓」とある。 阿不来提・阿不都熱西提氏:800人も参加された「小島氏新疆来訪20周年記念大会」は氏の提案である。日本へも招聘した。 司馬義・鉄力瓦尓地氏:東京でのNHKとの楽しい宴会や名古屋城案内など忘れられない。 雪克来提・扎克尓氏:ウルムチ市長だった時にお会いして以来の長い縁。会見の模様はYouTubeに「民間外交を続ける日本人~小島康誉師」と投稿されている。 艾尓肯・吐尼亜孜氏:建設資金を提供した和田博物館竣工式でお会いして以来度々お会いした。21年9月30日に主席代理になられた。祝意を伝えた。

■筆者プロフィール:小島康誉 1942年名古屋市生まれ。佛教大学卒。浄土宗僧侶、日中理解実践家。66年宝石専門店を起業し上場企業に育て上げ、96年創業30周年を機に退任。1982年より中国新疆を150回以上訪問し、世界的文化遺産保護研究・人材育成など国際協力を多数実践。佛教大学客員教授を歴任し現在、佛教大学内ニヤ遺跡学術研究機構代表、新疆ウイグル自治区政府文化顧問。編著『新疆世界文化遺産図鑑』『中国新疆36年国際協力実録』など。日本「外務大臣表彰」・中国文化部「文化交流貢献賞」・中国人民対外友好協会「人民友好使者」ほか受賞多数。 ブログ「国献男子ほんわか日記」 書籍はこちら(amazon)

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