中国の政治経済の変容をどう見るか(1)ITプラットフォーマーへの規制強化

松野豊    2021年11月19日(金) 17時50分

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中国政府は、国家安全等の観点から重要であるいくつかの産業を除いては、実際は市場経済原理を重視した運営を行ってきている。写真は深センのテンセント本社。

中国は社会主義体制の国家であり、特に重要な産業においては、国有企業が全体を牽引することが求められてきた。しかし経済規模の拡大に伴って、創造性や成長力の高い民間企業(民営企業)の比重が高まった。このため中国政府は、国家安全等の観点から重要であるいくつかの産業を除いては、実際は市場経済原理を重視した運営を行ってきている。

今や中国経済において、国有企業と民営企業(民間企業)は車の両輪である。しかし量的な面だけを見れば、現在のGDPに占める国有企業の比率(いわゆる国有経済)は4割弱に過ぎない。経営面でみると、国有企業と非国有企業(民間企業や外資企業)のROA(総資産利益率)を比較すると、前者は後者の1/3しかない。中国経済にとっては、民間企業が設備投資を拡大した方が経済成長への貢献がはるかに大きいという現実がある。

近年は、ITサービス企業が経済成長を牽引している。特にデジタル産業分野におけるサービスビジネスは、世界でも最先端を走っているといってよい。この産業を担っているのは、アリババテンセント、京東、美団、滴滴などのいわゆるITプラットフォーマー企業である。彼らは国有企業の支配が弱かった新産業分野でその創造性を一気に開花させ、中国の経済成長に大きな貢献をもたらしたのである。

ところがここにきて、自由に活動を広げてきたITプラットフォーマーたちに、中国政府が一定の規制をかけ始めた。アリババの香港上場中止や滴滴、美団などへの巨額の罰金など、日本でもその内容が連日報じられている。こうした一連の出来事は、世界から「民間企業の膨張を阻止し始めた社会主義政府」という図式で捉えられている。

では中国政府は、何か大きな政策変更を始めたのだろうか?これを検証するためには、まず現在の中国経済における課題を客観的に捉えておく必要があるだろう。

現在の中国経済は、成長率が鈍化しつつあるとはいえ、おおむね6%程度の成長率を保持し(新型コロナの影響を除く)、貿易収支、資本投資、個人消費が比較的バランスよく増加していて成長を支えており、何か致命的な問題に直面しているとは言えない。

しかし敢えて言うなら、過去に比べて経済が成熟化してきているため、潜在成長率などは低下してきている。そのため現在実行中の第十四次五か年計画では、これまでの量的な経済成長から質的な成長への転換が強調されており、労働生産性やイノベーション、グリーン発展などを重視する産業政策が進められている。

しかし実は中国にはまだ重要な課題がある。中国はこれだけ高度成長を継続し、経済発展に成功した国であるにもかかわらず、当分の間は同様の経済成長を続けていかなければならないという切迫した事情である。それは恒大問題に象徴される不動産市場のバブル化、社会階層間の格差拡大、地方政府等の不良債権問題など山積した国内問題を解決していくためには、まだまだ経済成長という資金源を必要とするからである。

さて話を戻すと、中国経済を支えてきた民間のITプラットフォーマーは、中国に「デジタル産業」という巨大で政治的にも魅力的な産業を生み出した。中国政府は、これまで彼らのイノベーション力を利用して経済成長を保持してきたが、ここにきて政治的、地政学的にも意味を持つこのデジタル産業に規制をかけ、国家統治に活用しようと考え始めた。

規制には大義名分もある。これまでITプラットフォーマーは、法規制が緩く企業活動に政府の監視が十分行き届かないことをいいことに、縦横無尽にビジネスを拡大してきた。気がつくと彼らは国民の個人情報を把握し、かつそれをビジネスに自在に活用していたのである。中国政府は、ここでいったん独占禁止法や情報保護法などの運用を厳格化して、彼らの好き勝手な活動に歯止めをかける必要性が出てきていた。この動きは、ある種当然だともいえる。

さらには、中国政府は、形成されつつあるデジタル産業の将来性と危険性も察知した。デジタル社会は、個人の行動から金融行為に至るまでその社会活動をほぼ全体を把握できる技術を実装し始めた。社会主義を標榜する中国政府にとっては、このデジタル社会に対して権力を駆使してでも制御していく必要を感じるはずだ。

筆者は、一連のITプラットフォーマーに対する規制を中国政府の民間経済抑制という文脈で考えるべきではないと思う。民主主義体制国家であっても、現在起こっているデジタル産業革命における国家の在り方は、きちんと構想しなければならない時期に来た。デジタル社会への接し方は、社会主義国家だけに限った話ではない。

ただ中国の場合は、それにもうひとつ「経済成長の継続」という重い課題が加わっているため、かなり唐突で強権的な行為に出たという印象が強いのではないだろうか。

筆者の見方はこうだ。市場に対する肌感覚を持たない政府が深く関与する経済体が果たして持続的に成長していくことができるのか。今回の規制強化でその答えが出るだろう。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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