カリスマ日本語教師が文化庁長官表彰を受けることの意味

大串 富史    2021年12月22日(水) 11時50分

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今年の文化庁長官表彰に選ばれた74人の中に、知る人ぞ知る日本語教師が含まれていたことをご存じだろうか?そう、カリスマ日本語教師としてメディアでも取り上げられた笈川幸司先生である。写真は笈川先生ご提供。

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今年の令和三年度・文化庁長官表彰に選ばれた74人の中に、知る人ぞ知る日本語教師が含まれていたことをご存じだろうか?そう、カリスマ日本語教師としてメディアでも取り上げられた、あの笈川幸司先生その人である。

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公益社団法人・日本語教育学会のサイトによると、この笈川幸司先生に加え日本語教育部門受賞者は7人(令和二年度は8人)だった。文化庁のサイトには「文化活動に優れた成果を示し,我が国の文化の振興に貢献された方々,又は,日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々に対し,その功績をたたえ文化庁長官が表彰する」とある。

「日本文化の海外発信,国際文化交流に貢献された方々」に、日本語教師を含む日本語教育関係者が含まれるようになったというのは感慨深い。

笈川先生に話を戻すなら、2010年に雑誌アエラが特集した「中国に勝った日本人100人」に選出されたことからも分かるように、この人は今さらながら日本で評価される以前に、中国本土で中国人学生からの圧倒的な支持を受けていた。

それはどれほどの支持なのか。「夢破れて31歳で日本を出た男が、中国でカリスマ教師になった:笈川幸司【世界が尊敬する日本人】|ニューズウィーク日本版」にあるように「北京の複数の大学(笈川先生ご自身によれば「実際は北京大学清華大学以外で教えたことはないのですが、北京大学-清華大学の教師時代に北京各地の学生が集まって一緒にスピーチ練習をしていました」とのこと)で教え、日本語スピーチコンテストの優勝者を200人以上輩出」している。中国だけではない。「これまでに中国と日本以外でも、講義をタイ、ニュージーランド、ペルー、メキシコ、アメリカ、ハンガリー、フランス、イギリス、ロシア、チリの10カ国で実施。講演会は30カ国で行っている」。

「2014年には東京大学で日本語教育専門家たちの前で講演をする機会もあり、活躍の場がさらに広がった」ともある。ベタの素人がカリスマとなり、日本語教育関係者を逆に教える立場になった。ニューズウィークが「世界が尊敬する100人の日本人」としてこの人の名を挙げたのは偶然ではない。仮に他の日本語教育関係者が候補に挙がったなら、いや笈川先生を差し置いては、となったことだろう。

僕自身も縁があって日本語教師をさせていただいているが、ぜひとも笈川先生にあやかりたいというのは、すべての日本語教師の願いであるに違いない。それで今回はその笈川先生に教えを乞い、日本語教師を含め皆さんとシェアさせていただくことにした。

(以下はコロナ禍ゆえメールインタビューの体裁を取っており、ご了承いただきたい)

――令和三年度・文化庁長官表彰、おめでとうございます。でもご自身のフェイスブックの中では「今回の表彰は『お疲れ様でした』という意味はなく、『もっと汗を流しなさい』ということなのだと思います」とつづっておられますが。

笈川先生:「私はご縁あって、6月から福島県双葉郡広野町に住んでいます。福島県双葉郡といえば、東日本大震災の中心、原発事故で有名な土地です。来春から、私は双葉郡広野町の子供たちにスピーチを指導する予定です。ここで、日本人向け日本語教育がスタートします。福島の復興やフクシマの今を、子どもたちが自分で調べて世界に発信しますが、私はそのお手伝いをしようと思っています。これまでとは全く違う領域での新しい挑戦で、一定の成果をあげたいと考えていますが、そう簡単にはいかないはずです。ですので、相当量の汗をかかなければ!といった心の準備をしています。」

――なんと、そうだったのですね。福島県の復興事業へのご参画とその成果も、大いに期待しています。ところで、フェイスブックにはミャンマーでのオンライン授業についても書かれていました。今後は福島県の復興と、日本や世界での日本語教育の二本立てでしょうか?

笈川先生:「今年、国際交流研究所所長大森和夫先生、弘子先生ご夫妻から引き継ぎ、『第5回世界の日本語作文コンクール』を主催することになりました。その一環として、世界各地の日本語教師の皆様、日本語学習者のみなさんに作文の書き方セミナーを実施しています。また、日本での就職が決まった海外の大学生に内定者研修、社員研修を行っています。一昨年前までは、中国人学生向けの授業以外にやったことがなかったのですが、今はインド人学生を中心に、東南アジア、東アジア、欧米諸国の学生に授業をしています。だからといって、やり方を変えてはいないので、これまで通りの授業スタイルで頑張っています。また、来年以降は、福島と世界をつなぐ架け橋になりたいと考えています。世界各地の日本語学習者、もちろん中国人学習者を中心にフクシマの今をお伝えできるような活動をしていきたいと考えています。」

――スケールがさらに大きくなり、活動の幅そのものも広がっているのですね。もっともそれ以前に、たたき上げの日本語教師が日本語教育をけん引するという構図がとても興味深く、共感を覚えます。日本で芸人をされておられたそうですが、芸人としてどこに所属しているかとか誰に教わったかということは大した問題ではなく、笑いを取れるか取れないかが大きな問題というのと同じことのように思いましたが。

笈川先生:「実際に自分が元お笑い芸人でしたし、笑いの取れない芸人だったので、偉そうなことはいえませんが、どこへいっても日本語の授業をしたい、たとえ教科書がなくても日本語の授業をしたいという気持ちがあり、どこで!というこだわりはありませんが、ご縁あって、北京大学と清華大学で10年教鞭を取っておりましたので、所属の大切さもわかります。ですから、「所属は関係ありませんよ!」といった無責任なことを申し上げるつもりはありません。」

――うーん、その謙虚さが先生の一番の魅力なのでしょうか。中国人の学生に日本語を教え多大の成功を収めておられますね。なにかこう、秘訣のようなものがあるのですか?

笈川先生:「『中国人だから特別』ということではないのかも知れませんが、中国の方々の温かさを知り、お世話になった中国の方に感謝の気持ちを持つだけで状況は一変するのではないかと思います。中国が好き、中国文化が好き、中華料理が好き、中国人が好き。特別な秘訣ではありませんが、中国への熱い想いを自然と持つことができたら、他に特別な努力をする必要はないのではないかと思います。」

――それはすごく同感です。というか、そういう気持ちですべての外国の人々を見るべき時代が来たのかなと、先生と接し改めて感じています。私も含め、笈川先生にあやかりたいと思っている日本語教師に何かアドバイスはありますか?

笈川先生:「発音についてはプロのアナウンサーさん、作文については新聞社の記者さんに教えを請うことで、自分の実力を高めることができると思います。日本語教育でしたら、日本語教育の専門家の先生に教えを請うことが一番の近道だと思いますし。でも、面倒くさいですよね。私はいつも面倒くさいと思っていましたが、学生たちのためだと思って、全部やりました。自分一人で考え、自分のやり方でやると、自分の学生を不幸にしてしまうと言いますか、日本語人材を育てることができなかったからです。でも、人によって価値観は違いますし、日本語人材を育てたいと思わない先生もいらっしゃるでしょうし、一つの価値観を押し付けるわけにはいきません。ただ、もし自分の教え子たちの日本語を上達させたいと真剣に思うなら、あちこち奔走して、頭を下げまくるしかないのかな?とも思っています。」

――すごいですね、圧巻です。これがオリジナル笈川パワーか!って、まだ序の口だとは思いますが。最後に、ご自身の夢や、これだけは言っておきたいというメッセージがありましたらぜひ。

笈川先生:「中国で身につけたスキルを日本の学校教育に生かしたいです。日本人は外国語習得が苦手だという人がいますが、外国語をマスターするサポートができたら良いなあと思っています。英語と中国語が使える学生のサポートをしたいです。これが最終的な私の夢です。でも、その頃には、もう私はいないとは思うのですが(笑)。」

「これだけは言っておきたい?難しい質問ですが、テーマが『カリスマ日本語教師が文化庁長官表彰を受けることの意味』ですので、それに関する話をいたします。まず、カリスマという言葉を聞いて、私は『胡散臭い』と感じます。日本に何千何万というカリスマがいて、特別な存在ではありません。しかも、私のイメージはカリスマとは正反対で、実際にお会いした方は、イメージとのギャップにがっかりしてしまうかも知れません。

「時々、『私も笈川先生のように国から表彰されるように頑張ります』とおっしゃる方もいますが、実は、国から表彰されるように頑張ったことがありません。表彰された方も皆さん同じ感想だと思います。人の何倍も失敗して、人の何倍も頭を下げて、人の何倍も恥ずかしい思いをして、人の何倍も無駄な時間を過ごしたにもかかわらず、あきらめずにやり続けた結果、表彰された人ばかりだと思います。でも、こんなにコスパの悪い人生をみんなにも送ってもらいたいとは思いませんし、幸せはもっと他にあるはずです。スキル磨きなら、スキルの高い人に教えてもらうのが良いですが、幸せになれるかどうかは、他人に頼らない方が良いと思います。以上です。」

「カリスマ」が「胡散臭い」とは、まさにその通りだろう。これほど誤用されてきた言葉も珍しいからだ。このギリシャ語を「神の賜物または天賦の力」と訳すところまではいいとしても、それをもって並外れた影響力を行使してきた一握りの人間だけを‐しかも他の人間のことを全く顧みず、かえって自分のために利用してきたような歴代の人物を‐カリスマ視するのであれば、一番迷惑なのは当の神様に違いない。

では皆さんはどうお考えだろうか?「カリスマ」日本語教師が文化庁長官表彰を受けることの意味とは、一体何か。

笈川先生は言う、「人の何倍も失敗して、人の何倍も頭を下げて、人の何倍も恥ずかしい思いをして、人の何倍も無駄な時間を過ごしたにもかかわらず、あきらめずにやり続けた結果、表彰されただけです」。

そんな、ごくごく普通でありきたりな「カリスマ」に世間の耳目が集まる時が来たのかと思うと感慨深い。しかも率直、決して表舞台に出ることなく特別視されるような状況も決して生じ得ないであろう日本語教師が、である。もっと言ってしまえば、これらの人々は日本人のために直接何かをしているのではない。日本語を学ぶ外国人のために奔走しているだけである。

だから、外国人のために奔走して何になる?と思われる向きの方は、日本語教師を含むごくごく普通でありきたりな「カリスマ」の皆さんが文化庁長官表彰を受けたというこの現実を、よくよく考えるといいのかもしれない。そんな現実は受け入れられない!と声高に叫んだところで、実のところ日本語教育は、日本は、そして日本人である我々は、ここに来てそれほどの急旋回を求められている。

■筆者プロフィール:大串 富史

本業はITなんでも屋なフリーライター。各種メディアでゴーストライターをするかたわら、中国・北京に8年間、中国・青島に3年間滞在。中国人の妻の助けと支えのもと新HSK6級を取得後は、共にネット留学を旨とする「長城中国語」にて中国語また日本語を教えつつ日中中日翻訳にもたずさわる。中国・中国人・中国語学習・中国ビジネスの真相を日本に紹介するコラムを執筆中。

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