日中「国交正常化50周年」をどう迎えるか(中)=米中対立とデカプリング―河合東大名誉教授

河合正弘    2022年1月14日(金) 7時20分

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トランプ米大統領の下で始まった米中間の貿易紛争は、今や投資、先端技術、金融、安全保障、人権、国家統治をめぐる大国間覇権競争に拡大しつつあり、現状が米中「新冷戦」の状況にあるという見方もある。

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トランプ米大統領の下で始まった米中間の貿易紛争は、今や投資、先端技術、金融、安全保障、人権、国家統治をめぐる大国間覇権競争に拡大しつつあり、現状が米中「新冷戦」の状況にあるという見方もある。

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トランプ政権は中国を「修正主義国家」(国際秩序を自国の都合のよいように変更しようとする国家)あるいは「戦略的な競争相手国」と位置付けた。とくに経済面では、中国による「不公正な貿易政策・慣行」―米国企業の知的財産や技術の窃取、中国に進出した米系企業への技術移転の強要、「中国製造2025」をはじめハイテク部門への巨額の補助金、国有企業への様々な政府支援など―を批判し、対中追加関税を課した。さらに中国のハイテク企業の対米取引を制限する一連の措置を打ち出した。

まず、中国企業による米企業の買収や技術流出を抑えるために、対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化した。次いで、華為技術(ファーウェイ)や中興通訊(ZTE)など中国の主要なハイテク企業を米国の政府調達市場から排除し、米政府への調達を行う他の企業がこれら中国企業と取引することも制限した。次いで、輸出懸念先である中国企業・大学・研究機関などを輸出管理規則に基づくエンティティリストに掲載し、輸出制限を行うこととした。さらに米国人による投資を制限する目的で、中国企業をリスト化した。また中国政府が「香港国家安全維持法」を導入して香港の自治を侵害したことを受け、香港に与えていた優遇措置を停止し、自治侵害に関与した人物と、それら人物と取引のある金融機関に制裁を加えることとした。

バイデン政権はこうした政策対応を基本的に続けるだけでなく、前政権が軽視していた同盟国との連携や自由、民主主義、法の支配、人権といった「価値」を重視し、中国に対して厳しく対応する姿勢を見せている。前政権が発動した対中高関税を維持する一方、EU・英国・豪州・日本など同盟国との国際連携の下で中国に対峙する戦略をとっている。中国の南シナ海・東シナ海などにおける海洋進出、香港における自由や人権抑圧、台湾に対する軍事圧力、新疆ウイグル自治区における人権侵害などを強く批判している。新疆ウイグル自治区に関しては、人権侵害に関わったとされる個人に対し在米資産の凍結や米国への入国禁止措置を発動しており、さらに同自治区が関与する輸入を原則禁止する法案に署名し、禁輸措置を発効させる予定だ。米中の対立を「民主主義と専制主義の闘い」と位置付け、21年末には中国やロシアなどを排除したオンライン会議「民主主義サミット」を主催した。ただし気候変動や核軍縮などグローバルな課題では協力する立場を示しており、米中「新冷戦」は望まないとしている。

アメリカのバイデン大統領

◆全面的経済デカプリングは起きない

中国はこうした米国の姿勢に強く反発しており、米中対立が激化しつつある。この対立の根源は、米国の政治体制とは異質の体制をもつ中国が経済的・政治的・軍事的に急速に台頭し、その経済力・軍事力を背景に現状変更を試み、米国の国際的な覇権を奪おうとしていると米国が認識していることにある。近年は、欧州(とくにEUと英国)も対中批判を強めて中国に対峙しており、米欧と中国の対立という構図が濃厚になっている。欧州の場合は、中国が中東欧との経済協力枠組み「17∔1」でEUを分断しようとしてきたこと、南シナ海での中国の行動が国際法に反すること、香港における自治侵害や新疆ウイグル自治区における人権抑圧が不当であるという認識が背景にある。ただし、かつての米ソ対立の冷戦時代と異なり、米中間には多層的な関係が存在し、それが米中「新冷戦」への歯止めとなっている。米中間の経済関係は依然として緊密であり、米国も全面的に中国と対立することは望んでいない。欧州も中国との経済関係を重視している。

米国による、ハイテク部門の主要な中国企業をターゲットにした貿易・投資の制限措置は、米中経済のデカプリング(切り離し)につながる可能性がある。しかし、そのようなデカプリングは今のところ安全保障に直接関わる先端技術分野に限られている。実際、貿易・投資の総額をみると、米中経済デカップリングの傾向は2019年に一時的に見られたものの、20-21年と米中間の貿易・投資はより緊密な関係に戻っており、全面的な経済デカプリングが起きるとは考えにくい。

◆米中対立下の日中関係

日中間では、国交正常化以降、経済と人的な交流が活発化し相互依存関係が深まってきた。日中関係は両国にとって最も重要な二国間関係の一つである。日本にとって中国は最大の貿易相手国であり、中国にとって日本は最大の直接投資残高をもつ国である。両国の政治関係は進展と停滞のサイクルを繰り返してきたが、基本的な姿勢は、経済・貿易、環境・エネルギー、金融などの分野で互恵協力を強化し、旅行客・ビジネスマンの往来や青少年の相互訪問などを通じた相互交流を図り、「戦略的互恵関係」を強化させようとするものといえる。両国首脳も、政治関係が許す限り、互いの国を訪れ、あるいは様々な国際会議の機会を利用して会談を重ねてきた。しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大した20年以降は、国際旅客などヒトの直接交流がほぼストップし、対面での首脳会談も行われていない。

現状では、日中の首脳や両国民の間で十分な信頼関係があるとはいえない。この点は、日本の言論NPOと中国国際出版集団が行った日中共同世論調査の結果にも現れている。とりわけ尖閣諸島釣魚島)、東シナ海の油ガス田、歴史問題が両国関係の発展のネックになっているが、それ以外にも、南シナ海、香港、台湾、新疆ウイグル自治区など米欧も重視している問題がある。これらの問題に関しては、日中両政府は異なった主張を行っている。

日本と中国の間には多面的な関係が存在する。中国は日本にとって、地域的な「競争相手国(ライバル)」であり、「安全保障上の懸念国」であるとともに、「協力パートナー」でもある。第一に、日本は、国際的なビジョンとして中国の「一帯一路」構想に対し「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱し、アジアのインフラ開発や科学技術分野において中国と競争している。政治・経済体制面でも、中国の共産党主導の「国家資本主義」に対して民主主義とルールに基づく「市場経済主導の資本主義」を掲げて競っている。第二に、中国は軍事費の一貫した拡大を背景に、尖閣諸島をめぐって公船や空軍機を恒常的に接近させて日本に緊張をもたらし、東シナ海の油ガス田でも一方的な開発を進めて共同開発のための交渉に臨んでいない。中国は南シナ海において大規模かつ急速な埋立てと施設建設を行い、一方的な現状変更とその既成事実化を図ろうとしており、日本のシーレーンの安定性を脅かす恐れがある。さらに、中国は台湾に軍事的な圧力をかけており、実際に「台湾有事」となれば隣国の日本の安全保障にも大きな影響を及ぼそう。

第三に、日本は中国にODAを供与して改革開放と市場経済化を支援し、対中投資を活発化させて日中経済の発展と関係強化に貢献してきた。現在は対等なパートナーとして二国間・地域内・世界的な課題の解決に向けて協力しようとしている。ASEAN+3の枠組みでも、日中は経済・貿易、金融、食糧安全保障、環境、防災等多くの分野で実務協力を進めている。東アジア15カ国が「地域的な包括的経済連携協定」(RCEP)を締結させることができたのは、日中両国が「協力パートナー」として共にリーダーシップを発揮してきたからにほかならない。

中国国際輸入博覧会に出展される日本製の産業用ロボット

米中対立が先鋭化する中で、日中両国は緊張・対立を生み出す「競争」や「安全保障上の懸念」を抑え、「協力パートナー」としての側面を強化させていくことが重要だろう。日中間の健全な競争は望ましいが、軍事的・政治的な緊張につながるような競争は望ましくない。日本にとって中国が「安全保障上の脅威国」にならないよう中国に対し自制を促したい。日本も首相による靖国神社への参拝や閣僚による歴史を無視する発言など、中国にとって感情を害する行動や発言を控えるべきだ。米中対立下にあっても、日中間の立場の違いが日中関係全体の発展を損なわないよう、あらゆるレベルでの対話を通じて相互理解を深め、信頼関係の醸成につなげていくことが望ましい。

日本にとって日米同盟が外交・安全保障の基軸だが、だからといって、その外交政策や対外経済政策が米国と完全に一致するとは限らず、自らの国益に沿って政策を設定する立場にある。日本の国益とは、自国の安全保障を確保しつつ、経済面で重要なパートナーである米国、欧州、中国、ASEANなどとバランスのとれた関係を構築することだろう。日本にとって中国は最大の貿易パートナーだが、米国と欧州は最大の投資先であり(そしてASEANは日本企業にとって重要な生産基地・市場)、いずれの国・地域とも緊密な経済関係をつくり出してきた。日本は日中関係をそのバランスの中で捉え、政治・経済外交を進めることが望ましい。(「アジアの窓」編集主幹)<つづく>

■筆者プロフィール:河合正弘

アジア経済研究の第一人者。東京大学経済学部卒、米スタンフォード大学経済学博士。ジョンズ・ホプキンス大学経済学部准教授、東京大学社会科学研究所教授を歴任。世界銀行東アジア・大洋州チーフエコノミスト、財務省副財務官・同財務総合政策研究所長、アジア開発銀行研究所長も務めた。現在東京大学名誉教授、同公共政策大学院客員教授、環日本海経済研究所代表理事・所長。『国際金融と開放マクロ経済学』(日経経済図書文化賞、東洋経済新報社)など著書多数。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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