河合正弘 2022年1月15日(土) 7時30分
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4つの政治文書と日中首脳による各種の合意文書・共同プレスを尊重して、大局的な観点から今後の50年を見据えた新たな関係を構築していくべきだ。写真は日中平和友好条約締結40周年記念李克強国務院総理来日。
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◆有用な「日中ハイレベル経済対話」プロセス
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今後の日中協力をどのように進めるかを考える際に有用なのは、本格的な日中首脳会合が最後に行われた18年に交わされた経済協力関係の合意と、最も直近の「日中ハイレベル経済対話」(19年)での議論を振り返り、その後の新たな展開や課題に対応することだろう。18年の安倍晋三・李克強会談での合意事項のうち、実現されていないもの、不十分なものとして、以下の項目が挙げられる:(1)国際スタンダードに合致した第三国での日中企業間協力、(2)11年以来続いている日本産食品に対する輸入規制の(科学的評価に基づく)緩和、(3)日中韓FTAの交渉加速化やWTO改革の推進、(4)対等なパートナーとして持続可能な開発目標(SDGs)や気候変動など地球規模課題に関する協力の実施。
19年の「ハイレベル経済対話」では、2国間経済協力・交流の議題として、国際ルール・慣行に則った貿易・投資、ビジネス環境改善、強制技術移転、知的財産権保護、データの取扱い、産業補助金、日本産食品等に対する輸入規制の撤廃・緩和、金融協力の強化、第三国市場協力、イノべ―ション協力などが取り上げられた。地域・世界経済及び地球規模課題への対応としては、RCEPの年内妥結、日中韓FTAの交渉加速化、WTO改革の前進、産業補助金・過剰生産能力問題の解決、気候変動、海洋ごみ,生物多様性などの問題が取り上げられた。
19年以降、いくつかの新たな展開があり、それに応じた課題が生まれている。経済のデジタル化が急速に進み、新型コロナウイルスの感染拡大がそれを後押ししていること、気候変動政策として脱炭素化の動きが進み、日中両国ともカーボンニュートラル(日本は50年、中国は60年)を宣言したこと、日中だけでなく多くの発展途上国が新型コロナの経済的な影響を受けるようになったこと、サプライチェーンの強靭化や経済安全保障の重要性が強く認識されるようになったことが挙げられる。もう一つの大きな展開は、RCEPの妥結に続き、中国がCPTPPへの正式加盟申請を行ったことである。中国が申請した6日後、台湾行政院もCPTPPへの正式な加盟申請を行った。(注2)韓国政府もCPTPPへの加盟を推進する方針を明らかにし、「多様な利害関係者との社会的議論を行う」など国内の関連手続きを始めるとした。南米のエクアドルも、加盟を正式申請した。英国は既に現加盟11カ国との正式な加盟交渉に入っている。
【注2】台湾政府の申請に対して、中国の外交部は「一つの中国」の原則は国際的に認められたもので、台湾の申請に反対すると表明した。しかし台湾は「一つの中国」の原則の下であっても、独立した関税地域「台澎金馬個別関税領域」として既にWTOに加盟しており、CPTPPにも加盟できる。
◆CPTPP交渉進展すれば市場主導型経済モデルへ移行も
日本は、ルールに基づく、自由・無差別・多角的な貿易体制を擁護し強化する観点から、高い規準の21世紀型の包括的な経済連携協定である CPTPP(18年発効)、日EU・EPA(19年発効)、日英包括的EPA(21年発効)、東アジア地域のRCEP(22年発効)の実現に努めるとともに、RCEPよりも高い水準の日中韓FTA交渉を推進し、WTO改革をめざしてきた。とりわけCPTPPに関しては、米国のTPPへの復帰を訴え続け、未発効国(ブルネイ、チリ、マレーシア)での早期の国内手続き完了を薦め、かつ加盟国の拡大を図ろうとしてきた。米国は国内事情からTPPへの復帰は当面困難だが、将来的に復帰する可能性ゼロではない。
中国にとって、CPTPPのレベルが極めて高いことから、加盟のハードルも高い。そのため、加盟できるとしても相当の時間がかかることが予想される。CPTPPにおける関税撤廃率は高く、とりわけ工業製品においては100%近い関税撤廃が要請される。サービス貿易(ネガティブリスト方式)や投資の自由化水準も高い。しかも、投資、電子商取引、政府調達、国有企業、知的財産、労働、環境などに関するルール・規定をクリアすることが大きな課題になる。中国が参加しているRCEPにも投資、電子商取引、政府調達、知的財産のルール・規定が設けられているが、CPTPPの方がより高い規律を要求している。国有企業、労働、環境についてはRCEPで規定されておらず、CPTPPで新たに加わっている。(注3)
【注3】中国がEUと20年12月に大筋合意した中・EU包括的投資協定(CAI:Comprehensive Agreement on Investment)には、投資の自由化(技術移転の強制禁止、国有企業の規定を含む)や投資と持続可能な開発(労働と環境基準を含む)の規定があるが国有企業や労働に関する規定はCPTPPよりも緩やかである。ただし、EUは中国への不信感の高まりから、CAI発効に向けた手続きを進めていない。
一部の現加盟国の間には、CPTPPには安全保障を理由にした例外規定があり、中国がこの規定を利用することで国際約束を実行しない可能性があるという懸念がある。また中国の場合、国際条約や協定と整合的な国内法が施行されても、実効性が伴わないケースが見られ、たとえCPTPPに加盟してもそれが実際に遵守されない恐れがある。そもそも中国は国有企業重視の姿勢やデジタル保護主義の強化、政府調達における国産品の優先などCPTPPとは逆方向の施策を打ち出しており、本気で加盟する気はないという見方もある。さらには、中国は米国の不在の隙に、最低限の要件でCPTPPに加盟し、アジア太平洋地域の貿易・投資の枠組みに大きな影響力を及ぼそうとしているのではないかという疑念もある。もし中国が真剣にCPTPP加盟をめざしているのであれば、こうした懸念や疑念を払しょくするためにも、中国は加盟交渉に入る前に、すべてのCPTPP加盟国との間で本格的な対話や事前協議を開始すべきだろう。
CPTPP加盟にはすべての原加盟国の同意が必要であることから、中国はまず、既存の加盟国との間の懸案事項に対処する必要がある。たとえば、豪州との間では、豪州が新型コロナウイルスの発生源をめぐる独立調査を求めたのをきっかけに中国が反発して課した、小麦・石炭・ワイン・ロブスターなどの輸入制限措置を解消する必要があろう。日本との間では、日本産食品に対する輸入規制の早期撤廃や精米の輸入拡大が懸案事項だ。台湾のCPTPP加盟については、中国がその加盟交渉を阻まないという確約が必要だろう。加えて、中国が加盟に備えて、さらなる市場開放(財・サービス・投資分野)や法制度改革・経済改革に乗り出し、それにコミットする姿勢を示すことが重要だ。たとえば自由貿易試験区において先行的に市場開放を推進し、貿易・投資の制度を改善していくことが有効だろう。RCEPの遵守が事実上CPTPP加盟への必要条件であることから、原加盟国は中国がどこまでRCEPの国際約束を実行するのか、RCEPでも認められている安全保障上などの例外規定を乱用しないか、国内法を効果的に履行できるのかを監視しようとするだろう。こうした協議や監視を経て、中国が真剣にCPTPP加盟に向けて準備していることが確認されれば、正式な加盟交渉に移るべきだ。その場合には、中国においてさらなる改革開放の工程表の作成が求められ、その着実な進展と実行が加盟承認につながることになる。
以上のような観点から、日本をはじめ現加盟国は中国のCPTPP加盟について、事前協議と正式な加盟交渉とを分けることで、中国の本気度をさぐることができる。中国が本気でCPTPP加盟をめざすのであれば、国家主導型の経済モデルから市場主導型の経済モデルに移行することにつながり、中国と国際社会の両者にとって望ましいことだ。中国が少子高齢化の圧力の下で持続的な経済発展を実現するには市場経済の深化が必要であり、それが国際社会と調和した中国経済の「双循環」につながろう。中国国内には、CPTPPを「外圧」として利用し改革開放をさらに推進しようとする考え方もあり、事前協議・加盟交渉はそれを後押しする。日中間には「ハイレベル経済対話」をはじめいくつかの政策対話チャネルがあるが、それらに加えて、CPTPPに向けた協議・交渉は、中国の経済構造改革を促すための重要なツールになりうる。そして、中国のCPTPP加盟交渉はWTO改革を後押しする効果をもとう。
◆「協力パートナー」として共通の利益を見出せ
国交正常化50周年を迎えるものの、日中間には歴史的な高揚感や歓迎ムードはない。しかし、米中対立が深刻化し米欧対中国という構図が深まる中で、日中関係がゼロサムにならずプラスサムになるよう相互に冷静に管理していく必要がある。世界第2・3位の経済大国が全面的に対立するのではなく、「協力パートナー」として共通の利益を見出していくことでアジア地域のみならず世界の安定につなげる責任を負うと考えるべきだろう。とりわけ、尖閣諸島を含む東シナ海、南シナ海、台湾海峡、香港、新疆ウイグル自治区の問題について、日中間の認識の違いをお互いに理解するためのコミュニケーションのチャネルを厚くし、相互の違いが日中関係を決定的に悪化させないための方策を見出していくことが肝要だ。
日本にとって日米同盟は外交・安全保障の基軸であり、尖閣諸島や台湾海峡での緊張に備えて米国とともに抑止力を高めることは当然のことだ。サプライチェーンの強靭化(半導体などの重要物資の確保など)、基幹インフラの機能維持、機微な特許の非公開化、先端技術の基盤確保・流出防止に向けた経済安全保障の枠組み整備も欠かせない。だが、そのことは日本が米国と完全に一致した対外政策、ことに経済外交を追求することを意味しない。日本は自らの国益を実現させるために主体的に行動する立場にある。日本としては、中国が安定的かつ国際調和的に発展することが日本、中国、国際社会の共通利益になると言う視点から、新たな日中関係を構築することが望ましい。
具体的には、日中両国は「戦略的互恵関係」の強化をめざし、二国間、地域内、世界の課題解決のために協力できる分野では協力していくべきだ。二国間では、国同士の関係を深めるだけでなく、地方間、企業間、大学間、言論界、青少年、スポーツ・芸能・文化など様々な交流を重層的に拡大させ、多様な日中関係を地道に切り開いていくことが関係の安定化に寄与しよう。とくに経済交流を促進し強化することが政治的な信頼関係を高めることにつながりうる。経済協力をさらに進めるためには、18年に両国首脳間で合意された内容をさらに深化させると同時に、それ以降現れた新たな課題に対応すべきだ。第三国における国際標準(透明性、開放性、経済合理性、債務の維持可能性)に則った「質の高いインフラ」協力や企業間協力、公害防止や省エネをめざす環境・エネルギー協力、相互のビジネス環境改善(強制的な技術移転の禁止、知的財産権の保護、信頼ある自由なデータ流通、産業補助金の透明性・縮小など)に向けた対話の強化、イノベーション・知的財産に関する対話の強化、デジタル分野での協力、金融協力の深化が挙げられる。両国共通の課題として、少子高齢化、経済格差、不動産バブルの問題について経験の共有を図ることも有用だ。アジア地域内の課題として、CPTPP並みの高いレベルをめざす日中韓FTAの交渉加速化、ASEAN+3協力(金融の安定、食料安全保障、コロナワクチンの供給支援など)の推進、中国のCPTPP加盟に関する本格的な対話・事前協議の開始などが挙げられる。地球規模課題として、カーボンニュートラルの実現をめざす気候変動政策、持続可能な開発目標(SDGs)の達成(海洋ごみや生物多様性を含む)、新型コロナウイルスなどの感染症対策、新型コロナで悪化した途上国債務問題への対応、WTO改革の前進など多くの分野が挙げられる。
このような包括的な問題を取り扱うためには、一刻も早く首脳会合を開くべきだろう。最後の本格的な日中首脳会合は2018年の秋であり、それから3年以上たつ。コロナ対応だけでなく、ポスト・コロナに向けた日中関係のあり方、アジアの将来、グローバル社会との関わり方について率直に議論し、共通認識を文書化していく必要がある。これまでの4つの政治文書と日中首脳による各種の合意文書・共同プレスを尊重して、お互い主張すべきは主張しつつ、大局的な観点から今後の50年を見据えた新たな安定的な関係を構築していくべきだ。(「アジアの窓」編集主幹)<完>
■筆者プロフィール:河合正弘
アジア経済研究の第一人者。東京大学経済学部卒、米スタンフォード大学経済学博士。ジョンズ・ホプキンス大学経済学部准教授、東京大学社会科学研究所教授を歴任。世界銀行東アジア・大洋州チーフエコノミスト、財務省副財務官・同財務総合政策研究所長、アジア開発銀行研究所長も務めた。現在東京大学名誉教授、同公共政策大学院客員教授、環日本海経済研究所代表理事・所長。『国際金融と開放マクロ経済学』(日経経済図書文化賞、東洋経済新報社)など著書多数。
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