山本勝 2022年2月14日(月) 11時10分
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太平洋戦争ですべての商船を失い、ゼロから再出発した戦後の日本外航海運は、いまや世界最大の規模まで発展し、内航海運も4割以上の輸送シェアを占めて国内物流の基幹をなす。
日本の国民生活は海上輸送で成り立っている。この現実を国民は正しく認識し、理解しているでしょうか?太平洋戦争ですべての商船を失い、ゼロから再出発した戦後の日本外航海運は、いまや世界最大の規模まで発展し、内航海運も4割以上の輸送シェアを占めて国内物流の基幹をなす。にもかかわらず、国民の認知度は低いままでお寒いかぎりだ。経済安全保障という観点からも、国もマスコミも海運国ニッポンの実像を正しく認識し、平和で自由な海の堅持と人材の活躍の場の拡大に向けて、国民の理解を深める努力をすべき時である。
わが国の輸出入貨物の99.6%は船で運ばれていることをご存じだろうか?
たとえば、あなたが町のそば屋に入って、一杯の天ぷらそばを注文したとしよう。出てきた天ぷらそばの肝心な食材、そばもエビもエビが包まるコロモも、そのもとはほとんどが海外で生産され船で運ばれてきたものなのだ。
◆輸出入のほぼすべてを船が運ぶ
つまり、そばはほぼ8割、エビは9割、小麦は8割以上が海外からの輸入に頼っている。 さらに、原油やガスや石炭といったエネルギー資源、鉄鉱石や天然ゴムなどの必需品はほぼ100%、船で運ばれてくる。船がなければ一杯の温かい天ぷらそばも食べられないという事実のうえに生活が成りたっているのだ。
日本は四方を海に囲まれ、海とともに生きる海洋国家だと教えられてきたが、はたして国民は海運国ニッポンの現実をどこまでリアルにとらえているか、お寒い現状が浮かび上がる。
海運業とは物資や人の輸送をもっぱら船でおこなう事業のことであるが、国際間の輸送を外航海運、国内のみの輸送を内航海運と大別する。
わが国の海外との貿易は東南アジアを中心に中世からおこなわれてきた歴史があるが、外航海運業が本格的に世界の交易に参入したのは明治から。近代国家日本の屋台骨となって発展してきたのは教科書にも載っていて、「海運王」、三菱の岩崎弥太郎や海援隊と坂本竜馬など、このころの海運と国のつながりは種々の物語などを通じて人々の頭にインプットされている。
◆海運抜きでは国民の生活成りたたず
急速な経済発展にともなって第2次世界大戦の前にはわが国は世界有数の海運国になっていたが、太平洋戦争によりほとんどの商船を失い、戦後ゼロからの再出発となったころから国民の関心は海から遠ざかり、教科書に載る海は童謡くらいで産業としての海運が学校で教えられることもなく、近年に至っているのが実情だ。
現在のわが国外航海運は、実質世界の海上貿易の約1割をになう規模に発展し、前述のとおり海運なくして国民の生活はなりたたないという存在である。
一方、国内海上輸送つまり内航海運の現状を見ても、貨物の輸送距離と量を掛け合わせたトン・キロで最近でこそ自動車に追い抜かれたものの、いぜん鉄道や飛行機を圧倒、4割以上の輸送シェアを占める基幹産業である。
現在の国民の、外航にせよ、内航にせよ海運に対する認識と理解は、まぼろしのごとく希薄なものでしかないと筆者には思えてならない。
ひとつには、独自の産業として育ってきた日本の外航海運の世界も、ここ半世紀でその業態は大きく変化したことがある。実質日本の船でありながら便宜置籍と称してパナマやリベリアといった国の旗をかかげ、船員は日本人からフィリピンやインド、クロアチアなどの人々に取って代わられた。さらには、経済合理性から海運の機能を分散し、現業部分をシンガポールなど海外の最適地に移すなどした結果、見た目では日本の産業と思えぬほどだ。おかげで実体は日本の会社がすべてに関係する船が事故を起こしても、船籍はバハマ、船員はウクライナ人、運航管理は香港企業、となると日本のマスコミもよそ事のごとくにしか扱わないのが通例だ。IT企業と同様にグローバル化が進んだ産業の実態が、マスコミにも見えにくくなってきているのかもしれない。ましてや国民においてやである。
もうひとつ、2001年の同時多発テロ以来、各国の水際のセキュリティーが格段に厳しくなって、むかしは気軽に立ち入りができた港に一般の人々が近づけなくなると同時に、船の大型化や専用船化によって港そのものがかつての港の外に移ったせいで、外航船そのものに市民が直接ふれる機会が激減したこともあるかもしれない。
◆平和で自由な海の堅持を
内航海運も、基幹産業としてその実力を正当に評価されることもなく、国民にとっての理解は、船といえば華やかな客船、でなければ漁船かプレジャーボート、船員といえば演歌の世界の人たち、にとどまっているというのは言い過ぎか。
経済安全保障ということが近年よく言われるが、日本の生命線は国内外の海上物流にあり、これを死守するために何よりも平和で自由な海を堅持することが最大の国策であってほしいものである。そして船員をはじめとして海運を支える人々の存在に目を注ぎ、日本人の活躍の場が海に広がっていくことを願う。
海運国ニッポンを、国もマスコミも正しく認識し、国民の理解を深める努力を一層なすべき時である。
■筆者プロフィール:山本勝
1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。
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