GDP以外の角度からみる中国経済(2)全要素生産性

松野豊    2022年3月18日(金) 23時20分

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中国は、現在でも一定の財政力や潜在成長力を保持しているため、この余力のあるうちに従来型の量で稼ぐ経済成長から付加価値型の成長へと構造転換を図らなければならない。写真は北京のSOHO。

現在も高い経済成長を続けている中国ではあるが、世界では政治経済の激変が起きており、一方で中国国内には不動産企業の過剰債務や地方政府の不良債権、社会格差の拡大など複雑な問題も抱えており、従来のような経済成長の持続性はかなり危うくなってきたと言えるだろう。

中国は、現在でも一定の財政力や潜在成長力を保持しているため、この余力のあるうちに従来型の量で稼ぐ経済成長から付加価値型の成長へと構造転換を図らなければならない。

中国が付加価値型成長への転換に向かうための鍵は産業の構造転換であり、その中核をなすのは「技術イノベーション」であろう。技術イノベーションは中国語では「技術創新」と表現され、多くの政策文書でこの言葉が用いられている。

しかし筆者が見る限り、中国政府のどの政策文書を見ても、この技術創新と経済成長との定量的な関係が示されていない。つまり技術創新の経済成長への貢献度を評価するための指標が提示されていないため、投じる研究開発投資の効果が評価できていないのである。

経済学の分野には、技術進歩が経済成長にどれだけ貢献したかを表すものとして、全要素生産性(TFP:Total Factor Productivity)という指標がある。これは工学的な技術革新、規模の経済性、経営の革新、労働者の能力向上などによる広義の技術進歩を表す指標である。

このTFP値を計算するためには、産業の付加価値額、有形固定資産、労働者数などのデータを必要とするので、算出過程は少し煩雑だ。特に中国経済におけるTFP値を求めようとすると、統計年鑑など一般に公開されている統計データだけでは算出できない。

しかしデータが比較的揃っている製造業なら、近似的なTFPは算出できそうだ。筆者は、製造業に関する入手可能な統計データを用い、中国経済のTFPを試算してみた(図2)。製造業に限定すれば、近年の中国のTFPの伸び率は年率で4~6%となった(2020年はコロナ下の経済のため考慮外とする)。

参考までに東京大学社会科学研究所の丸川知雄教授の試算によれば、21世紀に入ってからの中国の全産業のTFPの年平均伸び率は2%程度になるとのことだ(「現代中国経済」、有斐閣、2021年)。


図2 中国のTFP値の年次変化(製造業)

日本のバブル経済期の製造業のTFP伸び率が1~2%程度だった。それと比較すると中国の技術創新政策は経済成長に一定の効果をもたらしているのは間違いない。しかし一方で中国は近年、巨額の研究開発投資を続けており、しかも毎年2桁の伸び率である(2019年は12.5%)。

中国は最近、すぐに成果に結びつかない基礎研究を増やし始めている。しかしそれでも図2のように近年のTFPの増加率が低下傾向を示していること、すなわち技術創新のGDP成長率への貢献が十分でないのではないか。中国の巨額の研究開発投資の効果には、少し疑問を持たざるを得ない。

先日閉幕した2022年の全人代(全国人民代表大会)では、会議初日に李克強首相が政府活動報告を発表したが、会議期間中の議論の結果、「科学技術評価制度の改革」や「科学技術成果の転換促進」という政策文言が追加されたと報じられている。

中国経済は、質的な成長に転換するための重要な時期にあると言ってよい。そのためにはTFPなどの定量的な指標を用いることで、研究開発投資に見合う効果をしっかり把握していかなければならない。

■筆者プロフィール:松野豊

大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。

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