問われる科学者の理念と良心―「安全保障技術研究推進制度」と大学での「軍事研究」の現状

片岡伸行    2022年4月1日(金) 8時20分

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戦争を遂行するための構造的な取り組みはすべて日米軍事同盟を基盤とするが、このうち軍備や武器開発を下支えする「軍事研究」と大学との関わりについて現状を見ていく。

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戦争を遂行するための構造的な取り組み(「軍備増強、武器の輸出・開発、軍事研究」の3点セット)はすべて日米軍事同盟(具体的には「日米防衛協力のための指針」)を基盤とするが、このうち軍備や武器開発を下支えする「軍事研究」と大学との関わりについて現状を見ていく。

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◆軍事目的研究資金という〝ニンジン〟

安全保障関連法(通称・戦争法)成立の翌月(2015年10月)に発足した防衛装備庁は、すぐさま「安全保障技術研究推進制度」の公募を開始した。公募要項には〈防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託する〉とある。要するに、将来的な軍事目的の研究開発に民生技術を使うということだ。

応募して採択されれば、潤沢な「研究資金」が出る。「大規模研究」(Sタイプ)は5年間で最大20億円、「小規模研究」(AタイプとCタイプ)は3年間で最大3900万円〜1300万円をもらえる。実は、このことこそ問題にされなければならないが、2004年の国立大学法人化を境に「運営費交付金」という名の大学への補助金が劇的に減らされ、1998年度に2兆円近くあった交付金は現在ほぼ半減している。国立大学は現在86大学あるが、人文系に比べて格段とカネのかかる理工系の科学者・研究者にとっては切実な問題だ。その鼻先に〝ニンジン〟がぶら下げられた。

◆日本学術会議「任命拒否」の真の狙い

こうした動きに対し、日本学術会議は2017年3月、「軍事的安全保障研究についての声明」を発し、「再び学術と軍事が接近しつつある」との危機意識の下、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない」とする1950年の声明を「継承する」と宣言した。その上で、防衛装備庁による「安全保障技術研究推進制度」の問題点を指摘し、各大学に警鐘を鳴らしたのである。

その3年余りあとに起きたのが、まだ記憶に新しい、当時の菅義偉首相による日本学術会議「任命拒否問題」(2020年10月)だ。これは「(日本学術会議の)推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」と定めた日本学術会議法7条2項に抵触する行為だが、国会で任命拒否の理由を問われた菅首相は事実上の答弁拒否を繰り返した。

任命拒否の理由を言えないのは、任命拒否自体が目的ではなく、「安全保障技術研究推進制度」に盾(たて)をつく日本学術会議のあり方を変え、軍事研究推進に役立つ学術会議にしたいという真の狙いがあるからだろう。日本学術会議の声明から「任命拒否問題」が起きるまでの「3年余り」という歳月の中にその答えが隠されている。

◆激減した大学からの応募、7年で517億円の巨費


〈表〉に示したように、「安全保障技術研究推進制度」が始まった2015年度は58大学からの応募があった。しかし、日本学術会議が声明を出した2017年度の応募は22大学と半分以下に減り、18年度は12大学と当初の8割減。19年と20年度にはついにひとケタの9大学にまで応募数が減少した。軍事目的研究の存続に黄信号がともる。そこで起きたのが「任命拒否問題」であった。

安倍・菅・岸田と続く政権が「安全保障技術研究推進制度」にいかに力を入れているかは、その予算の推移を見れば一目瞭然だ。初年度(2015年度)こそ3億円であったが、翌16年度に倍増(6億円)し、3年目の17年度には110億円と一気に大台に乗る。以後、100億円前後が続き、この7カ年度で計517億円の巨費が「軍事研究」に投じられている。

2021年度には豊橋技術科学大学、岡山大学、宇都宮大学、大分大学、千葉工業大学の5大学が採択され、研究実施中の大学が4大学(大阪市立大学、山口大学、筑波大学、玉川大学)ある。つまり、現在は9大学がこの制度による研究資金を得ていることになる。国立大学協会の会長を務める筑波大学(永田恭介学長)は「次世代炭素系超耐衝撃材」の研究を進めているが、「本学は軍事研究を行わない」との同大学の基本方針(18年12月)に反するとして批判が噴出した。私立大学協会会長の玉川大学(小原芳明理事長・学長)は「量子暗号」の研究を実施中だ。奇しくも(かどうかはわからないが)国立・私立の両協会長の〝揃い踏み〟である。郷土の大学に誇りをもつ地元民からは「なぜ軍事研究に手を染めるのか」との疑問と失望の声が上がっている。

◆玉川大学「基礎研究であって軍事目的ではない」

「玉川大学軍事研究疑惑を問う町田市民有志の会」の記者会見が3月25日、同大学のある東京都町田市内で開かれた。同会は2022年1月と2月の2回にわたって玉川大学に話し合いを求める要請書を提出したが、大学側は顧問弁護士名で話し合い拒否の「回答書」を市民側に送付してきた。回答書には〈基礎研究であって、その内容は軍事目的ではありません〉とあった。

同会世話人の1人で東京大学名誉教授の井野博満さんは「3年間に3000万円の研究資金を防衛装備庁からもらっている以上、軍事研究にほかならない」と指摘する。同じく世話人で明治大学名誉教授の藤井石根さんは「デュアル・ユースとは平和と兵器、両方に使用できる技術だが、何よりもモラルや人間の考えを大切にしなければならない。防衛予算の一部を使っての研究であり(話し合いを拒否する)大学の態度には納得できない」と述べた。

玉川大学は勘違いしているのだろうか。「基礎研究」であれ「応用研究」であれ、冒頭で紹介したように、カネを出す側の目的が「軍事研究」である以上、「量子暗号」という同大学の貴重な研究内容は「軍事目的」に使われるのである。暗号解読は戦争の勝敗を左右する重要なものだ。

「国家と大学」の関係を揺るがす極めて政治的な事態であるとの認識が必要ではないか。そしてそれは、「科学技術の平和利用」を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」(1955年)とも関わる。大学や科学のあり方、科学者の理念や良心が問われているのである。

■筆者プロフィール:片岡伸行

2006年『週刊金曜日』入社。総合企画室長、副編集長など歴任。2019年2月に定年退職後、同誌契約記者として取材・執筆。2022年2月以降、フリーに。民医連系月刊誌『いつでも元気』で「神々のルーツ」を長期連載中。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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