野上和月 2022年4月18日(月) 19時50分
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香港の新型コロナ第5波はかつてない大規模感染というだけでなく、生活面でも香港が中国に呑み込まれるという巨大な波でもあった。写真は客がいないデパートの店内。
感染者が118万人を超えた新型コロナウイルスの感染第5波が、ようやく落ち着きを見せてきた香港。4月21日からは店内飲食の時間延長など、一部の規制が緩和されるが、この第5波はかつてない大規模感染というだけでなく、生活面でも香港が中国に呑み込まれるという巨大な波でもあった。
第5波は昨年12月31日から始まった。今年2月9日に1日の新規感染者数が1000人を超すと、その16日後には1万人を突破。ピークの3月3日には、7万6991例が確認された。4月15日に新規感染者が1000人を切り、ようやく街に人が戻ってきたが、4月17 日現在、第5波による感染者の累計は118万5194人。死者は同8926人だ。死者の多くは、ワクチン未接種の高齢者で、老人ホームでの集団感染によるものだ。
それにしても、感染力が強いといわれるオミクロン株が、香港のような過密都市で広がると、ひとたまりもない。1日の新規感染者が1000人を超えた時点で、医療はひっ迫。PCR検査場は長蛇の列。診察を待つ患者が公立病院の外にあふれ、感染者は自宅療養を強いられた。香港政府は2月12日、中国政府に救援を要請。感染症の専門家や医療従事者の派遣、隔離・治療施設の建設、医療品などの物資の提供を取り付けるとともに、中央政府、広東省政府の支援を得ながら、コロナ対策に取り組むことになる。
支援を取り付けた4日後、親中派の新聞「大公報」と「文匯報」は一面で、習近平国家主席が、香港政府に対して新型コロナ対策を最優先に取り組むよう指示したこと、中央の関連部門に香港を全力で支えるよう指示したことを伝えた。
国家主席が香港を全力で支援せよということは、香港のコロナ対策が国の重要課題になったということだ。香港は中国政府という強力な後ろ盾を得たことになるが、言い換えれば、中国政府が経済、政治に続いて、いよいよ香港の民生までも支配下におさめることになったということだ。
果たして、それからの香港はその通りの展開だった。
林鄭月娥行政長官は、コロナ対策を最優先させるため、3月27日に予定していた次期行政長官選挙を5月8日に延期。中国が推進する「ゼロコロナ政策」に基づいて本土各地がしているように、香港の全住民約750万人をウイルス検査する「全民検査」計画を打ち出した。
検査による都市封鎖(ロックダウン)を警戒した市民が食料品や薬、日用品の購入に殺到する。買い占めで必需品が品薄状態になっている中、広東省から香港に物資を運ぶトラック運転手が、コロナ感染や隔離で激減。本土から調達する生鮮食品の約7割を広東省が占めるだけに、スーパーから生鮮品が消え、価格高騰を招く事態になった。
すると、広東省から海運と鉄道による代替輸送が始まった。広州税関は、香港向けの通関手続きを優先し、広州市の食肉加工工場は稼働時間を延長して対応しているというニュースが伝えられる。また、香港にある2つの食肉処理場で感染者が出て稼働を停止すると、中央政府の協力の下、本土の作業員38人が助っ人にやってくる、といった具合だ。漢方薬やマスクなどの物資も、中央政府を始め、本土の企業や個人から続々と香港に寄せられた。
一方、「全民検査」や急増する感染者に対応するために、急ピッチで設置することになった8つの隔離・治療施設の建設は、中国の大手建設会社、中国建築国際集団が請け負い、作業員は本土から招いた。
さらに人材。2020年9月に実施した大規模PCR検査では、本土から約420人が支援に訪れたが、今回は隔離施設の建設、PCR検査の検体採取や治療にあたるスタッフ、老人ホームの介護要員など、幅広い支援要員が前回以上の規模でやってきた。「ゼロコロナ戦略」の要で、武漢の新型コロナの封じ込めに尽力した感染症の専門家、梁万年氏も送り込まれて来た。
一方、中央政府による陣頭指揮も顕著だった。香港にある中央政府の出先機関「中央駐香港連絡弁公室(中連弁)」の駱恵寧主任が、香港各界の代表とのオンライン会議で、「最も重要なことは団結で、必要なのは行動だ」と呼びかけると、出席した香港の財閥系企業のトップらが、傘下ホテルの隔離施設への転用や、臨時医療施設向けに用地を供出するなど申し出た。
中連弁のサイトによると、武漢の企業や個人から、約2100万人民元(約4億2000万円)相当の防護服や薬などの物資が提供された。3月27日現在、本土から香港に寄せられた防疫物資は累計30億人民元(約595億円)相当に達したという。また、HSBCやAIA、李嘉誠基金など、香港で経済活動を行う企業や基金などからも、現金6億香港ドル(約97億円)以上と、3億香港ドル(約48億円)相当にのぼる物資が寄せられたという。
さらに、中国政府で香港を統括する韓正副首相が、コロナ患者を受け入れない香港の民間病院の姿勢に触れると、感染病治療の設備がない民間病院はコロナ感染者以外の患者を公立病院から受け入れるなど、次々に前向きに対応した。まさに中央主導。その声は、香港政府よりもはるかに強力な動員力を持つことを公に示した。
行政長官の記者会見や香港政府高官の行動も、中国依存を顕著にした。行政長官が3月上旬から始めたコロナ関連の定例記者会見では、会見場の壁に、中国の国章が登場した。国章の下に香港の区章が掲げられ、中国語で「国家全力支援 特区斉心抗疫(国家は全力で支援する 香港は心を一つにしてウイルスと戦おう)」のスローガン取り付けられた。
林鄭長官は、会見で必ずといっていいほど、「中央政府の支援を受けて」と、中国政府を称える言葉を添える。本土から医療部隊がやってくれば、その都度、香港の入境口で出迎えて謝辞を述べた。また、物資を積んだ一番列車の到着を政府高官らとともに待つなど、香港の危機的状況を国家が救っているという構図が、常にテレビや新聞のニュースとなった。
当然ながら、中央政府高官や専門家の話などがニュースで流れる機会が増え、市民は香港の民生のことなのに、広東語ではなく、普通話(標準中国語)を聞く機会が増えた。
結局、3月に実施予定だった「全民検査」は、感染拡大のスピードに隔離施設の準備などが追い付かず、タイミングを逸して白紙に。代わりに、4月上旬に全世帯に配った抗原検査キットで、政府が呼びかけた3日間に自主的検査をするよう呼び掛けるにとどまった。
それにしても、香港は新型コロナウイルスが広がるたびに中国化が進む。
SARSも当時は新型コロナウイルスと言われ、香港で猛威を振るった。悪化した香港経済を支援するため、中国政府は中国人の個人旅行を解禁。これをきっかけに香港経済の中国依存の扉が開いた。2019年6月から半年以上続いた大規模な反政府デモは、新型コロナウイルス(Covid-19 )によって封じ込められた。感染防止のために集団行動が禁じられたからだ。その間に中国政府は「香港国家安全維持法」を施行して、中央政府の政治的支配を強めた。そして今回、未曾有の感染第5波は、民生面でも中国依存を深め、中国の一都市としての位置づけを内外に印象付けた。「中央政府の高官の一言に忖度して動く香港政府や企業を見ていて、香港はもう本土の他の都市と変わらない感じだ」(35歳男性)と、思った香港人は少なくないだろう。(了)
■筆者プロフィール:野上和月
1995年から香港在住。日本で産業経済紙記者、香港で在港邦人向け出版社の副編集長を経て、金融機関に勤務。1987年に中国と香港を旅行し、西洋文化と中国文化が共存する香港の魅力に取りつかれ、中国返還を見たくて来港した。新聞や雑誌に香港に関するコラムを執筆。読売新聞の衛星版(アジア圏向け紙面)では約20年間、写真付きコラムを掲載した。2022年に電子書籍「香港街角ノート 日常から見つめた返還後25年の記録」(幻冬舎ルネッサンス刊)を出版。 ブログ:香港時間インスタグラム:香港悠悠(ユーザー名)fudaole89
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