松野豊 2022年4月22日(金) 19時20分
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今回の李克強首相による「政府活動報告」の内容は、かなり守りを重視した内容であった。写真は人民大会堂。
今年3月の両会(全国人民代表大会と中国人民政治協商会議)は、北京冬季オリンピックと同パラリンピックの谷間の期間で、しかもウクライナ紛争勃発という緊迫した状況下で開催され、かつ例年より期間を短縮して行われた。
こうした状況を受けてか、冒頭の李克強首相による「政府活動報告」の内容は、かなり守りを重視した内容であった。思えば昨年の同じ政府活動報告においては、「十四次五か年計画」の初年度だったこともあり、構造改革による中国の発展計画などが提示され、本質的なものがちりばめられていた内容だった。
筆者は昨年の政府活動報告で、GDP成長率の目標値を明示せず、「労働生産性の増加率を経済成長率以上にする」という記述をしたことには注目していた。これまでの量的な経済成長率目標を封印したのである。しかし今年の報告では、GDP成長率の目標を5.5%にすると明記され、以前の姿に戻ってしまった。
現在の外部環境の激変を鑑みれば、政策が守りの姿勢になることにはある程度が理解できる。しかし中長期的観点からみれば、昨年言及した「労働生産性の向上による経済成長」という目標は極めて重要なことだ。
図1は、中国の実質労働生産性の推移を示したものである。比較のために日本の数値も示した。2021年、中国の全産業の実質労働生産性の増加率は8.7%となりGDP成長率の8.1%増を上回った(筆者推計)。またここ5~6年でみても、中国の労働生産性は常にGDPを上回って増加している。
これを見ると中国の経済成長は、量的なものから質的なものへと転換が進んでいるとも言えそうだ。これに対して日本は近年実質労働生産性がほとんど伸びていない。唯一の救いは、絶対値でみた実質労働生産性の値がまだ中国の数倍はあることだ。
では産業別にはどのようになっているのだろうか。中国の全産業で最も付加価値が大きいのは製造業で33%を占め、流通業が10%でこれに次ぐ。製造業と流通業を合わせると全産業の43%になる。つまり労働生産性を高めるターゲットとして重要となる産業は、製造業と流通業である。
製造業の中でいえば、鉄鋼や石油などの装置産業、食品やアパレルなどの軽工業の付加価値量が大きく、この2つの産業の労働生産性を上げることが全体の生産性を押し上げる。また自動車や関連機械産業は、付加価値額はまだ大きくないものの、労働生産性がすでに製造業で最も高くなっているので、これらの産業を拡大していくことも全体の生産性を高める手段のひとつになる。
一方流通業のうち、小売業の労働生産性を計算してみると、自動車、百貨店、GMSの付加価値額が大きい。しかし近年労働生産性が高くなっているのは、無店舗販売(ECなど)やガソリン販売業である。このことから小売業全体で労働生産性を高めるためには、自動車、百貨店、GMSの生産性を高めることが重要になっている。
ところで話題は少しそれるが、日本は日米貿易摩擦の時代にアメリカからの批判を受けて、国内の流通業の改革に着手した経緯がある。この改革は、業界の商慣行や中小企業保護のためにかなりの困難を伴った。しかし結果的に市場の開放や効率化が進み、国内流通業や物流業の労働生産性が大きく改善され産業競争力も強化されたという経験がある。
流通業の労働生産性向上は、経済の質的発展に寄与するとともに、国内市場の効率化を進めて内需拡大にも寄与する。また中国の場合は国土も広いので物流業の生産性も重要である。物流業は経営データの統計が公表されていないので労働生産性の計算ができないが、一人当たりの輸送トンキロのような効率性指標で代用してみると、道路輸送、鉄道輸送ともこの十年、生産性はあまり伸びていない。
中国政府は、経済成長の持続性を保つため、昨年から「双循環(内循環+外循環)」と呼ぶ経済発展モデルを提示している。このモデルの示すところは、「国内市場の効率化と海外とのサプライチェーンの高度化によって、中国経済の自立と産業競争力強化を図る」ということであろうが、ここでも物流業や流通業の労働生産性向上が重要視されている。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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