この度のコロナ禍について、後世の歴史教科書ではどのように伝えられるのだろうか…？というのが、私がいま一番興味のあることかもしれない。何故なら、この地球規模の災禍は必ずや我々人類の歴史に大きな影響を与えると考えるからである。

人と人が直接会うことが出来なくなり、共に食することも出来なくなったこの1年半、飲食店はもとより、舞台芸術をはじめとするエンターテインメントに携わる人々も大変な困難に直面した。私は、NBS（日本舞台振興会）という公益財団法人の評議員として、東京バレエ団をはじめとする舞台芸術に触れる機会が多いのだが、劇場に行けないこと、芸術にふれられないことで、あらためて芸術の素晴らしさを痛感した日々であった。感染の拡大が始まった当初のドイツのメルケル首相は「芸術は私たちの生活に不可欠なものです」という言葉と共に、直ちに行われた救済措置により、リーダーの矜持を示した。

私の母方の祖父・大平正芳は、1980年6月12日に現職の総理大臣のまま、その職に殉じた。亨年70。

実は祖父が亡くなったこの年の夏は、前年のソ連によるアフガニスタン侵攻を理由に西側諸国が不参加を決めた「モスクワオリンピック」の年だった。このたび、『なぜボイコットを決めたのか…モスクワ五輪40年目の告白』というNHKの番組で、当時、総理秘書官を務めていた父・森田一（大平正芳の娘婿）がインタビューに応じた。この番組は、父をはじめとする政界関係者はもとより、選手たち、当時のJOCの関係者への丁寧な取材で、政治とスポーツの関係を初公開の内部文章と共に克明に描いている。

当時、全盛期だったマラソンの瀬古利彦さん、金メダルを期待されていた柔道の山下泰裕さんが涙をのんだオリンピックへの不参加の決断が下されたのは、1980年5月24日のことだった。番組では、ボイコットに至る経緯が時系列に淡々と描かれていくのだが、私にとっては祖父が倒れて亡くなるまでのカウントダウンとしか受けとめられず、見るのが辛くなる番組であった。

5月16日、野党が形式的に提出した内閣不信任案が、福田派などの身内である自民党からの造反により不信任案が可決してしまい、祖父はただちに衆議院を解散した。そして、大平は史上初となる6月22日の衆参同日選挙を選択したのだ。

公示前日の5月29日夕刻、祖父は来日中だった中国の華国峰首相の答礼晩餐会に出席後22時前に帰宅。母（大平の娘・芳子）が「明日から選挙区（香川2区）に帰るからね」と言うと、「よろしくたのむ…」と答え、これが父娘の最後の会話となった。

翌30日、華国峰さんの歓送式に出席後、選挙戦の第一声演説の最中に心臓発作に見舞われ、2週間後に帰らぬ人となったのである。

このような経緯もあり、私にとってのオリンピックは、どこかもの悲しい想い出がつきまとう。同盟国であるアメリカのカーター大統領からの要請により、モスクワオリンピックの不参加を決断するまでの間、祖父は「山下くんが可哀想だなあ…」と、移動中の車内で何度もつぶやいていた。

オリンピックはスポーツの祭典に違いない…しかし、政治とも密接に絡み合っているのも事実なのである。

世界的なコロナ禍により1年先送りとなった、今年2021年の東京オリンピック・パラリンピックは未だ収束がままならず、パンデミックの最中での開催となった。

そして、来年に予定されている北京での冬季オリンピックの開催地である張家口は、興亜院の事務官として、大平が29歳の時に一年あまりを過ごした場所である。祖父はかの地で、日本の軍部の横暴ぶりを目の当たりにし、この時に抱いた中国の方々への贖罪意識が日中国交正常化への原動力となったのだと私は考えている。

来年はいよいよ日中の国交正常化から50年の節目を迎えるが、1972年9月、祖父は正常化交渉を終えた帰りの飛行機の中で、「今はお祭り騒ぎだが、30年40年後、中国が経済成長した時には必ず難しい問題が起こるだろう…」と、つぶやいたという。そして、この予言はある意味的中したのかもしれない。

そのような中で私は、かねてから応援している、スキー競技でパラリンピックに出場した日本の若者の応援で、パンデミックに打ち勝った張家口に駆けつけたいと夢見ている今日この頃である。

※本記事は、『和華』第31号「日中100人 生の声」から転載したものです。また掲載内容は発刊当時のものとなります。

■筆者プロフィール：渡邊満子（わたなべみちこ）

メディアプロデューサー。1962年東京生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業後、日本テレビ放送網株式会社入社。『キユーピー3分クッキング』、皇室特別番組などをプロデューサーを20年余り担当。『日本テレビ開局55年記念特番『女たちの中国』、『天皇皇后両陛下ご成婚50年記念特番』などをプロデュース。著書『祖父大平正芳』、『平成日本皇后美智子』を2020年中国で出版予定。