三星堆遺跡の祭祀坑 3、4、7、8号坑は殷後期のものと判明―中国

人民網日本語版    2022年6月14日(火) 21時30分

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四川省文物考古研究院は13日午前、三星堆博物館で記者会見を開き、重大プロジェクト「考古中国」の一つである「三星堆遺跡」発掘における現時点での成果を発表した。

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四川省文物考古研究院は13日午前、三星堆博物館で記者会見を開き、重大プロジェクト「考古中国」の一つである「三星堆遺跡」発掘における現時点での成果を発表した。

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■三星堆・祭祀坑は殷後期のものと確定

考古学チームが、サンプル約200点の放射性炭素年代測定を行ったところ、その年代は紀元前1131年から1012年に集中しており、5号坑と6号坑の年代は他に比べ後の時代だったのを除くと、3号坑、4号坑、7号坑、8号坑の年代は一致していた。これらは今から約3200-3000年前の殷(紀元前1600—紀元前1046年)の時代後期のもので、ここ30年議論されてきた「祭祀坑」の年代がついに解明された。

■古蜀文明は中華文明の重要な一部であることを実証

最近発掘されたいくつかの器物から、三星堆遺跡は中国の他の地域に存在する文化と密接な関係があったことを示している。例えば、3号坑と8号坑で発見された銅の酒器、銅の壺、銅の酒甕などは、殷の時代に華北平原一帯に存在した殷商文化の主要な銅器だ。また、3号坑と4号坑で発見された玉琮は、甘粛省の黄河上流域を中心に存在した斎家文化と密接な関係がある。3号坑と7号坑、8号坑で発見された中央の孔の縁に突起のある玉の璧、玉の璋、玉の戈は、河南省や陝西省、山東省、広大な華南エリアでも発見されている。各坑から大量に発見されている金の器物は、三日月地帯に古代から使われている伝統的な金の器物とマッチしている。神樹や頂尊跪座人像、大量の竜をモチーフにした器物を見ると、三星堆遺跡の使用者のアイデンティティ、儀礼・宗教、天・地、自然に対する認識は、中国の他の地域の人々と似通っていることが分かり、三星堆遺跡が所属する古蜀文明は中華文明の重要な一部であることは間違いないことを実証している。(提供/人民網日本語版・編集/KN)

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