外国人研究者が驚嘆した奇跡の音楽「トン族大歌」とはどのようなものか―現地専門家が紹介

中国新聞社    2022年6月30日(木) 18時0分

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中国南部に住むトン族が伝えて来たトン族大歌は、中国伝統音楽には存在しないと考えられていた和声法や対位法という高度な技巧を持つ音楽だ。

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西洋音楽では、20世紀前半までの1000年近い歳月をかけて、和声法と対位法という作曲技巧が構築された。和声法とは旋律を単独で奏でるのではなく、複数の音を同時にならす手法だ。どの音とどの音を重ねるかだけでなく、それをどのように進行させていくかが重視される。対位法とは和声法を基礎にして複数の旋律を同時に進行させていく技巧だ。和声法や対位法を追求したのはいわゆるクラシック音楽の作曲家だが、これらの技巧はロックやジャズ、あるいは日本の演歌や歌謡曲と、世界のさまざまな“非クラシック音楽”でも応用されている。

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そしてかつては、西洋音楽以外の音楽は和声法や対位法を発達させることができなかったと考えられていた。ところがその後、世界には高度な和声法や対位法を発達させてきた民族が存在することが分かってきた。その一つが、中国の貴州省などで生活するトン族だ。トン族大歌という合唱は、西洋音楽の視点で見ても極めて高度で複雑だ。貴州師範大学文学部国際教育学主任の何嵩旭教授はこのほど、中国メディアの中国新聞社の取材に応じてトン族大歌について解説した。以下は、何教授の言葉に若干の説明内容を追加するなどで再構成したものだ。

■トン族大歌の“発見”で「中国音楽は劣っている」の見方が一転

トン族大歌には紀元前からの歴史があり、明代(1368-1644年)には極めて盛んになった。しかし外部の世界からは長らく注目されていなかった。

トン族大歌が見いだされるまで、音楽研究者は「中国の民謡には単旋律の曲しかない」と考えていた。その考えは、中国音楽が西洋音楽に比べて劣っている証拠ともみなされた。トン族大歌の“発見”は、こういった状況を一転させた。

トン族大歌を“発見”したのは貴州省音楽協会の蕭家駒や郭可諏だ。1952年のことだった。そしてトン族大歌は外部の音楽専門家に注目され、研究されることになった。著名な作曲家だった鄭律成は1956年に貴州に来た際、トン族大歌の歌唱を聴き驚愕し感動した。フランスの著名な民族音楽学者のルイ・ドンドロールは、鄭律成が残した紹介文に注目した。

1986年にはドンドロールの招聘を受けた貴州省の娘9人からなるトン族大歌の合唱団がパリで公演して大成功した。フランスの専門家は「重要な発見であり成果だ」と評価した。トン族大歌はこのようにして、西洋でも注目されるようになった。ユネスコの無形文化遺産に登録されたのは2009年だった。

■高度な技巧の背景に自然音への関心や音の高さに敏感な言語

トン族がどのようにして、複雑で完成度の高い音楽を獲得するに至ったかを考えてみたい。トン族は都会から離れた山間部で暮らしてきた。彼らは自然を尊び、カエルやセミの鳴き声など自然の中から聞こえてくる音を模倣することを好む。そういった習慣があるので、自然界に存在する「異なった音の重なり」の効果に気づき、和声法などを編み出していったと考えられている。

またトン語は一つ一つの音節にイントネーションがある声調言語だ。普通話(プートンホワ、標準中国語)も声調言語だが、基本的なイントネーションの種類は4種類だ。トン語の場合にはイントネーションが計15種類もある。母語を通じて音の高さに敏感な耳を持っていたことも、複雑な音楽を形成する基礎になったはずだ。

トン族はまた、自己完結的な村落で生活してきた。独自の様式を持つ鼓楼と呼ばれる建物は、地域住民全員にとっての集会や祭りの場だ。住民の全員参加型の活動が多いことも、合唱が発達する土台となった。

トン族は「鼓楼」という独特な建築も持つなど極めてユニークな存在だ。

トン族は文字を持たなかった。そこで、神話や民族の歴史を伝えるために、歌が用いられた。トン族には「食事は体を養い、歌は心を養う」という言い方がある。彼らにとって歌は食事と同様に大切な、まさに「心の糧」なのだ。トン族社会では誰もが歌を歌う。そして上手に歌える人は周囲から尊敬される。

対位法を用いる音楽は、極めて複雑だ。また一人だけで歌うことはできず、多くの人が協力してはじめて、合唱として成立する。トン族社会は、複雑な合唱を生み出すための条件を備えていたと考えられる。

■現代の中国人作曲家にとっても貴重な「栄養分」になった

中国人が西洋音楽を本格的に学び始めたのは20世紀の初頭だ。西洋音楽では和声法が極めて重要だ。中国人作曲家はこの西洋音楽の技巧と中国的な旋律を融合させようとしたのだが、問題が生じた。

西洋音楽ではド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シの音が使われる。西洋の和声法ではこれら7つの音が進んで行くパターンが何通りか定められている。これを「音の機能」と呼ぶ。しかし中国音楽のメロディーでは基本的にファとシが使われない。

西洋流の和声法で、ファとシは曲の流れをしっかりとさせるために、極めて重要な機能を持つ。しかし中国音楽の旋律は、この二つの音を基本的に使わない。そういう制約の下で西洋的な和声法を単純に使うと、とても安直あるいは不自然な音楽に聞こえてしまう。これは中国の作曲家が直面した最大の問題だった。そこで趙元任(1892-1982年)など多くの作曲家が、西洋音楽とは違う中国独自の和声法を模索した。

トン族大歌は、「和声法は舶来品」という状況を根本的に変えた。西洋音楽が生み出した和声法は、長い歴史に根ざしている。中国の作曲家は苦心して独自の和声法を工夫したが、歴史が浅いだけに「根無し草」になる恐れがあった。トン族大歌が持つ和声法は、中国で編み出された新たな和声法にとって「どっしりと根を張ることができ養分を得ることができる大地」の役割りを果たした。

もう一つ注目したいのは、西洋音楽では多くの奏者や歌手が参加する合奏や合唱の場合には、指揮者が演奏の指図をすることだ。指揮者に従うことで、演奏は正確になり丸みを帯びる。

トン族大歌

トン族大歌では、指揮者のような指図をする者はいない。全員が心を一つにして、突き刺すように声を出す。粗野で素朴とも言えるが、実に独特なエネルギーの放出だ。トン族大歌は、西洋音楽のような高度な技巧を獲得した一方で、人類が持つ原初的な音楽の感覚や勢い、活力を保っていると言える。中国の民族音楽にとっては、「源流からほとばしる新鮮な水」をもたらしてくれる、極めて貴重な音楽だ。(構成 / 如月隼人

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