山本勝 2022年7月10日(日) 5時30分
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「海賊」というのは決してパイレーツ・オブ・カリビアンの時代の話ではない。海賊の実態もコソ泥の類から、近年凶悪化、組織犯罪化した。
「海賊」というのは決してパイレーツ・オブ・カリビアンの時代の話ではない。海賊の実態もコソ泥の類から、近年凶悪化、組織犯罪化した。各国政府による軍の力を借りた対策は効果を上げているが、根本にある沿岸国住民の経済不安、生活の混乱が続くかぎり、海賊の脅威は消えそうにない。商船乗組員の苦労は絶えることはない。
◆映画「キャプテン・フィリップス」―身に詰まされた
2013年に封切られた「キャプテン・フィリップス」という映画を覚えておられる読者も多いだろう。トム・ハンクス演ずるフィリップス船長指揮の大型コンテナ船がソマリア沖のアデン湾で海賊に襲われ、乗組員と海賊の息詰まる対決の一部始終を描いたスリルとサスペンスに満ちた映画だ。トム・ハンクス船長が少々ヒーローっぽすぎるところは映画の演出だろうが、実話にもとづいたもので、船上における非常時の乗組員の行動、外部とのやり取り、船内の様子など実際の船を知る筆者の目から見てもかなりリアルで、面白くもあり、また身に詰まされる作品だった。
「海賊」というのは決してパイレーツ・オブ・カリビアンの時代の話でなく、現在も世界のあちこちで商船や漁船が「海賊」に襲われていることは、ニュースでもたびたび取りあげられて、さすがに最近では「まさか、いまどき…!?」といわれることは少なくなった。
身に詰まされる、というのは、まさに筆者の現役時代から商船は海賊の脅威にさらされ、対策に苦労してきたからだ。
かつての海賊行為の頻発海域といえばマラッカ・シンガポール海峡をはじめとする東南アジア海域で、漁民が突然海賊に変身して船に乗り込み金品を奪うようなケースが多く、武器もナイフ程度で乗組員が直接襲われることはまれであった。事実、捕らえてみれば近くの島の貧しい漁師であったということからもわかるように、東南アジアに限らず、海賊発生の背景にあるのは、沿岸住民の貧困であり、その貧困を生みだす社会不安や政情不安であることに変わりはない。
◆ソマリア沖・アデン湾・マラッカ海峡…
21世紀に入る前後から、その様相は大きく変わった。ソマリア沖・アデン湾やアフリカ西岸ナイジェリア沖での頻発と、マラッカ海峡その他の海域もふくめて海賊行為の凶悪化、組織犯罪化という脅威の深刻化だ。
1999年10月マラッカ海峡で日本の関係船「アロンドラ・レインボー号」が襲われて積み荷ごと船が奪われ、日本人船長ほか17名の乗組員が救命ボートで海上に放置された(のち全員救助)。船はインド洋でインド海軍によって海賊グループとともに拿捕されたが、積み荷のアルミインゴットの半分がフィリピンで売却されたことがあとで判明するという、まさに大掛かりな組織的犯罪が起こっている。
アデン湾では、2007年から2011年にかけて日本関係船があい次いで武装した海賊に高速ボートで乗り込まれて金品を強奪され、逃げおおせた船も船体に砲弾を撃ち込まれるという凶悪な事件が発生。外国船では武装船にハイジャックされ、乗組員が人質に取られて身代金を要求されるケースや、乗り込まれた海賊に乗組員が殺傷される事件も多発するなど、海運企業や船の自衛手段では手に負えない深刻な状況に至る。
映画「キャプテン・フィリップス」のモデルになった米国のコンテナ船マースク・アラバマ号は、まさに2009年に起こった凶悪事件の被害船だ。同号は、最終的に米国海軍の特殊部隊SEALsが派遣され、銃撃戦のすえ人質になった船長が救出されて終結した。
◆「丸腰」商船乗組員の苦難
海運会社が海賊対策として取った手段は、第一に船に海賊を乗り込ませないこと、乗り込まれても乗組員への襲撃を遅らせること、最後は乗組員を船内の通信機能を確保した隔離部屋に退避させ救援を待つ、というもの。乗り込ませないためには見張りの強化、近づくボートには放水による防御など、武器などの強力な自衛手段は原則もてない民間船としては、涙ぐましい努力だ。
こうした深刻な事態を受けて、2008年に国連は海賊掃討のための決議をおこない、多くの国が船の警備のため海軍艦艇を派遣、わが国も2009年からソマリア沖の海賊に対応するためアデン湾に自衛艦や哨戒機を派遣し、各国と協力しながら商船の護衛や海賊の監視活動をおこなっているのはご存知のとおりだ。
乗っ取られた船を海軍が銃撃戦の上乗組員を救助するというマースク・アラバマ号と同様の事案もそのご発生するなど、力による制圧は確実に効果をもたらし、ソマリア沖・アデン湾での海賊事件は近年おおはばに減少している。
マラッカ・シンガポール海峡においても沿岸国の警備、監視体制の強化により海賊事件は減少の傾向にあるが、世界全体では2020年に195件の海賊事案の発生があったとの報告があり、依然として商船にとって海賊の脅威は消えていない。
ソマリア沖で海賊事件が頻発する背景には、ソマリア国内の混乱による経済の停滞、国民生活の窮乏があり、マースク・アラバマ号を襲った海賊も仕事を失ってそそのかされたソマリアの漁民グループであったように、海賊の発生をなくす根本的な方策は、沿岸国住民が安心して生活を送れる環境をとり戻すしかなさそうだ。
残念ながら、世界の政治が混乱し、経済格差が拡大、社会不安がひろがる現状下、海賊の脅威は消えそうになく、商船乗組員の苦労は絶えそうにない。
■筆者プロフィール:山本勝
1944年静岡市生まれ。東京商船大学航海科卒、日本郵船入社。同社船長を経て2002年(代表)専務取締役。退任後JAMSTEC(海洋研究開発機構)の海洋研究船「みらい」「ちきゅう」の運航に携わる。一般社団法人海洋会の会長を経て現在同相談役。現役時代南極を除く世界各地の海域、水路、港を巡り見聞を広める。
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