「石油人民元」は世界のエネルギー新秩序構築の第一歩か

吉田陽介    2023年1月18日(水) 7時30分

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経済の回復には電力消費が伴うが、ウクライナ情勢を受けて国際的なエネルギー価格が上昇しているため、中国にとってエネルギーの確保は重要だ。

新型コロナ対策をこれまでの「動的ゼロコロナ」から事実上の「ウィズコロナ」に調整した中国。今後は経済回復に重点を置き、対外的な経済活動も始まりつつある。経済の回復には電力消費が伴うが、周知のように、ウクライナ情勢を受け、国際的なエネルギー価格が上昇しているため、中国にとってエネルギーの確保は重要だ。

クリーンエルギーと従来のエネルギー確保に力を入れる中国

2020年に公表された白書「新時代の中国エネルギー発展」には、中国のエネルギー戦略が記されている。それは以下の通りだ。

1.エネルギー消費革命を推進し、不合理なエネルギー消費を抑制する。

2.エネルギー供給革命を推進し、多元的な供給体系を確立する。

3.エネルギー技術革命を推進し、産業の高度化を加速する。

4.エネルギー体制革命を推進し、エネルギー発展加速の近道をつくる。

5.全方位の国際協力を推進し、開放の環境のもとで、エネルギー安全保障を実現する。

このように、中国はこれまでのエネルギー多消費型産業によって経済発展をけん引するやり方は取らず、エネルギーの節約、クリーンエネルギーにシフトしつつある。白書は「社会全体で勤倹節約の消費観を提唱し、省エネとグリーンエネルギーを使用する生産・生活方式を育み、省エネ型社会の形成を加速する」と述べ、個人や企業のエネルギー意識を変え、産業構造や交通の面でも環境に配慮したものへとシフトする重要性を説いた。

中国は環境に配慮した経済社会づくりを目指す政策を打ち出している。その中で、エネルギー技術革命は重要だ。白書は「エネルギー分野の基礎研究および汎用技術、破壊的イノベーションを強化し、独創的イノベーションと集成型イノベーションを強化する。デジタル化、ビッグデータ、人工知能(AI)技術と、エネルギーのクリーンで効率的な開発と利用技術の融合・革新の推進に力を入れる」と述べ、エネルギーの利用効率を上げるためのイノベーションを進める必要性を説いており、今後はこの面でのイノベーションが進むだろう。

エネルギー消費を見ると、石炭が最も多い。割合は低下傾向にあるが、白書が発表された前年の2019年は、石炭消費がエネルギー消費総量に占める割合は57.7%だった。石油がエネルギー消費総量に占める割合は15.3%だった。それに対し、天然ガス、水力発電、原子力発電、風力発電などのクリーンエネルギー消費量がエネルギー消費総量に占める割合は23.4%で、中国のエネルギー消費でクリーンエネルギーのシェアが高まっている。

だが、中国国内の発展レベルはアンバランスで、農業社会、工業社会、ポスト工業社会が混在している。クリーンエネルギーのシェアは大きくなっているが、石炭や石油はまだ重要な資源といっていいだろう。その石油の獲得の新たな方法が話題になった。

「石油取引は人民元で」ドル依存から脱却の道を示す

3日付けの英フィナンシャル・タイムズに掲載された「世界のエネルギー新秩序が形成されつつある」と題する記事は、「石油人民元」の登場で、人民元の国際化が進み、石油とドルのリンクされたエネルギー秩序に影響を与えるという内容だ。

フィナンシャル・タイムズの記事によると、1945年2月14日、当時のルーズベルト米大統領は、米重巡洋艦「クインシー」上でサウジ国王と会談し、米国がドルとリンクされた石油と引き換えに中東の安全を保障するという同盟関係が築かれ、「石油・ドルリンク秩序」が長く続いたが、状況が変わった。

習近平国家主席は昨年12月9日に開かれた中国・湾岸諸国協力会議(湾岸協力会議、GCC)サミットで行った演説で、「上海石油・天然ガス取引センターのプラットフォームを十分利用し、石油・天然ガス貿易の人民元決済を進める」と述べた。フィナンシャル・タイムズの記事はこのことを「石油人民元の誕生」を示すものだと指摘した。

「石油人民元は覇権主義」米国の道を歩まないと強調

多くの石油取引で人民元が使われるようになることは「石油・ドルリンク秩序」に風穴をあけるものだ。微信アカウント「正商参略」が12月14日にアップした記事は、「2008年の金融危機以降、国際貿易と金融の分野でのドル依存を回避するため、中国は人民元の国際化の歩みを速めた」と述べ、「多くの金融業界の専門家と企業家にとって、人民元の国際化はドルとの覇権争いでなく、中国自身の国力の増強を体現している」とも述べた。

石油の人民元決済自体は、2012年でも言われたことだが、その後、中国は活発な経済外交を展開し、国内でも発展の量から質への転換を促すようになり、中国は世界の政治経済で発言力がより高まった。そのため、石油人民元は現実味を帯びた話となったのではないかと思う。

一方で、微信アカウント「中国石油石化」が発表した記事は、「石油人民元と石油の人民元決済は別の概念だ」と述べ、石油人民元の誕生がドルを中心とする石油取引の仕組みを変えるという論調に慎重な姿勢を示した。

その理由として、同記事は、米国は石油と引き換えに中東の安全を守るという戦術をとったが、それは石油とドルのリンクを利用して、他国の政治に干渉するという覇権主義行為であり、中国は覇権主義に反対しており、米国のような道を歩むことはないからだと指摘している。

ただ、石油の人民元決済は、石油を購入する国々の選択の幅を広げることもできる。

前出の「正商参略」の記事は専門家のコメントを引用する形で、「エネルギー輸出国がひとたび制裁に遭うと、その国の輸出が大きな打撃を受ける。そのため、これはドル依存度の高い他の国々を恐れさせざるを得ない。エネルギー取引にもっと多くの国際通貨を組み入れ、すべての『卵』を1つの『カゴ』に入れないことは、必然的な選択肢になるだろう。中国は世界最大のエネルギー輸入国であり、人民元の安定した通貨価値は、現在の国際通貨システムの欠陥を補う理想的な選択だ」と述べた。中国は、世界の主導権を米国と争っているとよく言われるが、米国を中心とする世界政治経済体制の恩恵をなかなか受けられない発展途上国の利益を代表するという姿勢を以前から堅持している。記事にある専門家のコメントは中国政府の姿勢をある意味体現している。

フィナンシャル・タイムズの記事は、石油人民元の台頭や、ドルを中心として金融システムの全体的な地位が低下することに疑問を感じている人々は往々にして、中国が米国と同水準の世界的な信頼、法の支配、または準備通貨の流動性を享受していないため、他国が人民元で貿易しようとする可能性は低いだろうが、石油市場をリードする国々と政治・経済面で共通点が多いのは米国よりも中国だと指摘する。これは先進国だけでなく、途上国、中東の産油国などとの「全方位外交」の成果といえよう。

20世紀初め、米国のドルは英国のポンドを追いかけ、その結果、国際基軸通貨となったが、人民元がその道をたどるかは今後の展開を見る必要がある。石油取引について見ると、人民元での石油貿易は、中国共産党が掲げる「社会主義現代化強国」の目標達成のためのエネルギー需要を満たす上でもプラスとなるが、石油取引のドル依存から脱却し、新たな選択肢を他国に示すという特徴がある。それは中国の石油調達にもプラスとなる。

中国が中東諸国と手を組んでエネルギーを独占するのではないかという見方もできるが、中国は国際主義を掲げており、他国を犠牲にして自国がエネルギーを大量購入することは考えにくい。したがって、「石油人民元」を発展させることは、米国中心のエネルギー体制に別の選択肢を示す「社会的実験」といっても過言ではない。

■筆者プロフィール:吉田陽介

1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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