松野豊 2023年3月22日(水) 17時30分
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中国で第3期習近平政権がスタートした。政治や外交は重要だが、現在の中国にとって最も重要な要因は経済問題ではないだろうか。
2020年の7月から執筆してきたコラム執筆も、今回で最後となった。筆者は本コラムにおいて、主に日本企業の中国ビジネスチャンスについて述べてきた。
折しも中国は、第3期の習近平政権がスタートした。政治や外交は重要だが、現在の中国にとって最も重要な要因は経済問題ではないだろうか。すなわち、掲げられた国家目標に向かうためには、何よりも経済の持続的な成長が必要とされるのだが、今それが少し危うくなっている。
筆者がこれまで記してきたように現在の中国経済には多くの課題があるが、ここでは特に重要なものを3つあげてみたい。そして筆者は、これらの課題こそが日本企業に中国ビジネスの機会をもたらしてくれるものだと考えている。
第1の課題は、先日の第14期全国人民代表大会(全人代)で習近平国家主席も言及した「経済の質的成長」である。2021年から始まっている第14次五か年計画では、「労働生産性の増加率を実質経済成長率以上にする」という質的成長の目標が明記されている。
中国の統計データによれば、近年は労働生産性の増加率が実質GDP増加率を上回っており、中国は質的成長へと脱皮し始めていると言える。しかしもう少しミクロにみると、例えば国の基幹産業として産業をリードすることを期待されている自動車産業においては、そのような傾向が見られない。
図1は、中国の自動車産業の労働生産性(付加価値は粗利データで代用)の増加率の推移を示したものである。製造業全体でいえば、労働生産性は順調に増加しているのだが、こと自動車産業に関して言えば、2020年を除けば近年はマイナス成長である。
自動車産業では、新エネルギー車生産への補助金が産業全体を押し上げていると思われる。しかし逆に、補助金目当ての市場参入者が後を絶たず、業界全体が過当競争に陥っておりそれが産業の生産性向上を阻害しているのではないかと考えられる。
第2の課題は、中国が2020年に国際公約した「2060年カーボンニュートラルの達成」である。また2020年の国連演説において習国家主席は、「2030年までにCO2排出量をピープアウトさせる」とも宣言した。
2060年はまだかなり時間があり先のことになるが、2030年はもうすぐだ。筆者の試算によると、中国は2022年から30年までの実質GDP成長率の平均が4%台半ばを超えると、2030年までのピークアウト化は難しくなる。当然ながら経済成長は、CO2排出量を増加させるからである(図2参照)。
ところが、先の全人代でも2023年の経済成長率の目標を5%前後と明示しており、CO2排出量削減公約とのバランス問題は、とりあえず横に置かれている感じだ。
経済成長が上振れしても新エネルギーへの転換などを加速させれば、2030年までのCO2排出量ピーク化は可能だと主張している識者もいる。しかし2021~22年には、五か年計画の目標値でもある「単位GDP当りのCO2排出量及びエネルギー消費量削減率」が未達になっている。
新型コロナ感染拡大やゼロコロナ政策による封じ込めで、2021年に一時的に経済成長率が高まった(8%強)ことで、明らかにCO2削減政策は前に進められなかった。
第3の課題は、国家の経常収支の構造である。図3は中国の国際経常収支の推移を示したものである。
図3によれば、中国は21世紀に入ってから、経常黒字を続けており国際収支は安定している。しかしその経常収支を支えているのは、ほとんどが貿易黒字である。
日本も国際経常収支の黒字国であるが、そのほとんどは第一次所得収支、つまり海外投資の結果得られる配当収入などの還流が経常収支を支えている。一方ドイツも所得収支と貿易収支が支える経常黒字国であり、米国は巨大な経常赤字国だがそれでも所得収支は大きな黒字を計上している。
中国経済は、巨額の貿易黒字を続けているが、貿易黒字は2国間での摩擦を生み、製造拠点の海外移転なども進むためやがて縮小に向かうはずだ。つまり中国は経済の成熟化とともに、貿易収支のようなフロー依存から、日独米のような投資収益いわゆるストック依存の収支構造に移行していかなければならない。そのための鍵は、企業の海外投資の促進と収益化である。
以上中国経済の3つの重要課題をあげてみた。そしてこの課題こそが日本企業のビジネスチャンスになり得るというのが筆者の見立てである。
製造業などの生産性向上においては、設備機器の改良や生産管理の高度化などが必要だ。またCO2排出量削減においては、エネルギー転換だけでなく、既存の生産工程の地道な改善や、中国の製造業の多くを占める全国の経済技術開発区のゼロカーボン化なども必要だ。
また企業のストック的利益を確保するために、海外投資の収益化にも目を向けなければならないだろうし、今後は知的財産権による収入も増加させていかなければならない。それこそが経済の質的発展にもつながるからだ。
今、日本企業の中国ビジネスは一つの岐路に差し掛かっていると言える。米中対立を背景としたサプライチェーンのデカップリング進行はある程度避けられない。しかしこれまで東アジアでの国際分業や究極の省エネルギー化を進めてきた日本としては、中国経済の課題周りに注目すれば、ビジネス化のネタが豊富にあることに気がつくはずだ。中国ビジネスは、今こそ知恵出しが必要だと思う。
■筆者プロフィール:松野豊
大阪市生まれ。京都大学大学院衛生工学課程修了後、1981年野村総合研究所入社。環境政策研究や企業の技術戦略、経営システムのコンサルティングに従事。2002年、同社の中国上海法人を設立し、05年まで総経理(社長)。07年、北京の清華大学に同社との共同研究センターを設立して理事・副センター長。 14年間の中国駐在を終えて18年に帰国、日中産業研究院を設立し代表取締役(院長)。清華大学招請専門家、上海交通大学客員研究員を兼務。中国の改革・産業政策等の研究を行い、日中で講演活動やメディアでの記事執筆を行っている。主な著書は、『参考と転換-中日産業政策比較研究』(清華大学出版社)、『2020年の中国』(東洋経済新報社)など。
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