人生90年の足跡―体験で語る日本と中国―(11)6.4風波(天安門事件)の沈静化と教訓

凌星光    2023年6月3日(土) 15時0分

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コラム「人生90年の足跡―体験で語る日本と中国―」第11回は「6.4風波(天安門事件)の沈静化と教訓」。

11.6.4風波(天安門事件)の沈静化と教訓

1989年6月、天安門事件が起きました。私は当時北京市政治協商会議委員で、5月下旬に天安門広場に足を運び、地方から来た学生たちに地元に帰るよう説得に当たりました。これは5月20日に出された戒厳令を無視した行動ですが、こういう時こそ、政治協商会議委員は学生と対話し、委員としての役割を果たすべきだと私は主張しました。そして、5回にわたって北京市当局に提言を出しました。それと同時に、実力行使を阻止するために外国メディアの力も借りようとして、読売新聞と産経新聞のインタビューに応じました。これは国家幹部としての規律違反を承知の上でとった行動です(1991年3月に帰国した際、自己点検を書こうと申し込んだところ、全て終わったことになっているので何も書く必要はないと言われ、そのままとなりました。そのため、関係部門からは長い間、クエッションマークを付けられていたかもしれません)。

6月4日、「実力行使」が行われましたが、私は母の重病見舞いのため、また9月から明治学院大学で教壇に立つために、8日に出国して訪日しました。

日本ではあちこちで遊説しました。また原稿を書いて、日本の対中国制裁を解除するよう働きかけました。「実力行使はすべきでなかったと思うが、してしまった以上、それを前提に前向きに考えるべきだ。トウ小平が改革開放は続けると言っているのだから、日本はそれを促すような行動をとるべきだ」と訴えました。私が最も恐れたのは、権力不在によって社会が混乱し、中国の改革開放政策が止まってしまうことでした。このことについては、日本の有識者の共鳴を得ることができました。京都大学に赴き、中国の留学生には反政府デモなど過激な行動をとらないよう説得しました。私の著作「中国の前途」に、この時の私の活動の様子が収められています。

中国への制裁解除については、先進国の中で日本が最も前向きの姿勢を取りました。これは正しかったと歴史的に評価されるべきです。にもかかわらず、最近日本において、日本がとった当時の対中融和策は間違っていたという論調が主流になっています。実に残念なことです。これは一時的現象にすぎず、日中双方の努力によって、この逆転現象を再度逆転させなくてはなりません。

「天安門事件」は、30数年にわたって封鎖状態にされてきました。いつ解禁されるのでしょうか?私はなるべく早く詳細な総括をする方がよいと思ってきましたが、最近は米中の力関係に根本的変化が起こるまで待たざるを得ないと思うようになりました。

過去30年間の国際政治の歴史を見ると、改革開放政策の中でこのような事件が起こる必然性があります。初めは自然発生的な面が強かったにしても、途中から明らかに外部勢力の関与が強まりました。その後、ソ連の崩壊をはじめとして、さまざまな国でカラー革命が起こりました。それらを見ると、中国が自国の主体性堅持のためにとった実力行使は、基本的に正しかったし、今日の発展を保証するものであったと結論付けられます。

2035年ごろには中国式民主政治はより健全なものとなり、米中間の力関係も根本的変化が起きると予想され、その頃には「天安門事件」について詳細な歴史的総括をする環境が整うであろうと見ています。

■筆者プロフィール:凌星光

1933年生まれ、福井県立大学名誉教授。1952年一橋大学経済学部、1953年上海財経学院(現大学)国民経済計画学部、1971年河北大学外国語学部教師、1978年中国社会科学院世界経済政治研究所、1990年金沢大学経済学部、1992年福井県立大学経済学部教授などを歴任。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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