長城守備の兵士は今に残る「あの遊び」にも興じていた―当時の生活の様子が判明

Record China    2023年12月10日(日) 15時30分

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中国中央テレビ(CCTV)によると、祭器にになり八達嶺長城の西区間を考古学調査したところ、明代のオンドルやかまどの跡など生活関連の痕跡が発見された。

中国中央テレビ(CCTV)によると、祭器にになり八達嶺長城の西区間を考古学調査したところ、明代のオンドルやかまどの跡など生活関連の痕跡が発見された。さらに兵士の「遊び」についての証拠もみつかった。文献には記録がない守備兵の実態についての知識を得られたという。

八達嶺長城とは、現在の北京市内に残る長城の一部だ。明代(1368-1644年)に建造されたもので、長城の中でも構造が堅牢であるなどの特徴がある。

調査では、「敵台」と呼ばれる、日本の城郭の「やぐら」に似た役割をもっていた構造物から、オンドルやかまどの跡や鍋、皿、碗、はさみ、スコップなどの生活用品が見つかった。オンドルの存在からはまず、明代の気候が現在よりも寒く、それにもかかわらず冬でも駐屯兵が必要だったが分かった。また、「敵台」には夜も守備兵が必要だったことが分かった。明朝は長城を境にしてモンゴル勢力と対峙していたが、当時は厳しい緊張状態だったことが推察できるという。

「敵台」からは炭化した食材も見つかった。調べたところ、キビ、アワ、水稲栽培による米、花椒(中国山椒)が確認された。当時の兵士の日常の食べ物と考えられている。さらに、床に刻まれた格子状の溝も見つかった。現在で言うところの「五目並べ」に興じていたと考えられるという。

中国史の研究には、膨大な量の文献史料を利用できる特徴がある。しかし長城の守備兵の生活についての文献記録は見つかっていない。専門家はこのたびの発見について、当時の具体的状況を知ることができると同時に、専門家以外の人々に、長城についてより強い関心を持ってもらうことに役立つと期待している。


長城については、比較的堅牢である北京市内の部分でも経年劣化が発生している。そのため修復作業が行われているが、「可能な限り古い長城の再現」との方針があるという。例えば壁面が崩れた場所の修復でも、古いレンガを利用するなどだ。また、修復に着手しない場合もあるが、「経年劣化も古遺跡が持つ文化価値の一部」との考えがあり、多くの人に遺跡がどのような状況で失われていくかを理解してもらうことにつながるとの狙いもあるという。

かつては長城の保護活動を実施する際に、外観だけを配慮して作業が進められた。しかし現在は修復の前に考古学調査が行われている。長城の当時の状況を正確に知り、経年劣化の原因を探り、さらにかつてはどのような技術が用いられたかを突き止めるためだ。このように、現状だけでなく時間軸をも組み合わせて知ることで、長城の全容を知り、さらには修復の際に最も適切な方法を採用できるようになるとされる。(翻訳・編集/如月隼人

※記事中の中国をはじめとする海外メディアの報道部分、およびネットユーザーの投稿部分は、各現地メディアあるいは投稿者個人の見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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