すぐ隣にある異世界、在日コリアン式結婚披露宴への参加記録

北岡 裕    2024年4月26日(金) 22時30分

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在日コリアンの友人の結婚披露宴に参加した。テーブルは一見日本の結婚披露宴のようだがキムチがある。いつも外で食べるキムチとは段違いのおいしさだ。

筒井康隆の小説に「熊の木本線」という作品がある。主人公は通夜で訪れた集落で、地元の人たちと地酒を飲む。したたかに酔った主人公は地元の人が順繰りに「熊の木節」を歌い珍妙に踊る様子を楽しむ。順番が回ってきた主人公は見よう見まねで歌い踊るものの、知らず知らずのうちに忌み歌を歌う禁忌を犯してしまい、それによる災厄を恐れるというストーリーだ。

先日、在日コリアンの友人の結婚披露宴に参加してきた。新郎新婦ともに在日コリアンだ。会場は都内の高級ホテル。会場の名前を聞いた時に早逝した俳優、沖雅也の顔がちらと浮かんだ。

在日コリアン同士の結婚披露宴への参加は2度目だ。岸谷五朗とルビー・モレノが出演した映画「月はどっちに出ている」(1993・崔洋一監督)に在日コリアンの結婚披露宴のシーンがある。出演者の肩パッド入りのスーツと髪型はバブルの余韻を残していたが、すっかりそれとは様変わりしていた。

参列者は200~300人だった。新郎新婦がスーツとウェディングドレスで入場し、宣誓と結婚指輪の交換から始まった。司会がずっと朝鮮語で話し、スピーチもほぼ朝鮮語だった。同じテーブルに私と日本人2人がいたのだが、他の新郎側の参加者はすべて在日コリアンと聞いた。司会者は日本語訳を最後に挟んでくれるのだが、かなり端折っていた。新婦の父親が朝鮮語でスピーチをした後、日本の参席者の皆さまにと断り、丁寧に日本語でスピーチをしてくれた。

ちょうど金日成主席の誕生日「太陽節」が近く、来賓のスピーチにも「こうして太陽節を迎える日に…」と入った。これにがばっと反応すると、同じテーブルの在日コリアンの知り合いが「そこ!太陽節に反応しない!」と笑顔でツッコミを入れてきた。

準備は基本的に日本の結婚披露宴と同じと考えれば問題ない。男性の衣装はスーツ。女性はドレス。在日コリアンの女性は鮮やかなチマ・チョゴリで参加することもある。ご祝儀は3万円。日本の祝儀袋で問題ない。

受付でご祝儀を渡して芳名帳に名前を書くのだが、先に来ていた人が朝鮮語で書いていたので、これにならい朝鮮語で名前を書き、ご祝儀袋にも朝鮮語で名前を書いた。

前回参加した結婚披露宴では、祝儀袋に朝鮮語で名前を書いたのは私だけで、他の在日コリアンの参列者は漢字で名前を書いたため、「なんで日本人が朝鮮語で、われわれ在日コリアンが漢字なのか」とバックヤードでは大笑いだったという。基本、漢字で書けば問題ない。料理は中華のコースで、キムチと朝鮮餅が各テーブルにある。

手元に「同胞ブライダルガイドブック」(2021年版。企画・編集/有限会社チョンシル・ホンシル/同胞結婚相談中央センター)という資料がある。京王プラザホテルのほか、ホテル椿山荘東京、ホテル雅叙園東京など一流ホテルの広告が並ぶ。各ホテルとも「同胞ウェディングプラン」と銘打ち、在日コリアン向けのプランを用意している。

キムチと餅の持ち込みは、特にキムチは披露宴終了後もしばらくにおいが残るため、1日1回しか受けられないとも聞いた。披露宴では本来持ち込みはNGの会場が多いが、柔軟に対応している。日本人の結婚披露宴が最近小規模だったり、そもそもやらなかったり、結婚しなかったり(これは在日コリアンも同様と聞くが)する中で、「月はどっちに出ている」の頃のように豪奢で大規模な在日コリアン式の結婚披露宴はホテルもホクホクで、お得意さまなのだ。

お色直しは一度で、新婦は鮮やかなチマ・チョゴリに着替えた。韓服(ハンボッ)ともいわれるが、北ではチマ・チョゴリという。ここの区別はしっかり押さえておきたい。「韓国の服とはなんだ?」と言われてしまう。

出し物は歌舞団による朝鮮語の歌と踊りだ。彼らの広告も先の同胞ブライダルガイドブックに入っている。出し物が一段落して、演者のチマ・チョゴリ姿の女性が鉦を打ち鳴らした。それを合図に新郎新婦の友人がガタッと立ち上がる。統一列車の始まりだ。

統一列車とは、結婚披露宴だけでなく、日朝交流のイベントだ。学校の文化祭などでも最後の方で行われて盛り上がる。つまるところは大人のハイテンション電車ごっこだ。いい歳をした大人たちが電車ごっこの要領でヘビのように会場を10分ほど練り歩く。

立ち上がり損ねたわれわれ新郎側参加者の日本人3人にも手招きが入った。「どうすれば?」と戸惑いながら聞くと、「適当にやればいいです」と答えられた。こう言われるのが実は困る。

「そもそも今、統一列車で大丈夫なのですか?」と周りの人に聞く。というのも最近、北朝鮮は韓国との「統一」姿勢を転換した。国歌の歌詞も変わり、「統一」という言葉の利用を避けている。平壌を走る地下鉄駅「統一駅」も今はただの「駅」と名称を変えているという報道もあった。周りの人も「確かにそうだ。そうするとただの列車かな」と迷っていたが、答えが出る前に鉦が再び発車を告げるように打ち鳴らされ、肩をつかまれ、私も前に立つ人の肩をつかんで走り回った。

先頭では新郎の友人たちが騎馬戦の要領で新郎を担いでいる。「騎馬戦だ」「新婦の父親はどこだ?」という声がする。鉦を打ち鳴らしていた女性が慌てて「駄目駄目。騎馬戦は駄目」と止めに入った。

韓国の結婚披露宴でも騎馬戦はある。新婦の父親と新郎の対決で、最後は新郎が勝つという筋書きだ。新婦の父親は恰幅が良く、われらが新郎はひょろっとしている。ガチンコではない。あくまで余興だ。

筋書きを崩して新婦の父親の勝ちでOKではと思ったのだが、今はホテル側の意向もあってか騎馬戦はNGのようだ。

その代わりか、新郎が式の間に3回も胴上げされていた。胴上げする方もされる方もお酒が入っていて、明らかに危なっかしい。結婚披露宴で胴上げなんて昭和か?最近話題になったドラマ「不適切にもほどがある!」の世界か?とあぜんとしていると、私の横で「まだまだ大人しいもんです。昔はもっと…」と参列者の初老の男性が目を細めてつぶやいた。

詳しく話を聞こうとしたが、私を日本人と知ってか「ただの昔話ですよ」とかわされた。昔の結婚披露宴では何が行われていたのか。在日社会への興味は尽きない。「熊の木本線」のような不敬を犯してはいないか心配しつつも、私のすぐ横にある異世界への冒険はまだまだ続く。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

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※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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