「原爆が戦争止めた」は“神話”=根拠乏しい米国防長官見解―アジアの核拡散に歯止めを

長田浩一    2024年5月14日(火) 6時30分

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オースティン米国防長官はこのほど、日本への原子爆弾の投下は第二次世界大戦を終わらせるために必要だったとの見解を明らかにした。写真は原爆ドーム。

オースティン米国防長官はこのほど、日本への原子爆弾の投下は第二次世界大戦を終わらせるために必要だったとの見解を明らかにした。立場上、原爆投下を正当化しなければならない事情は理解できるが、客観的に見てこの見方は根拠に乏しいと言わざるを得ない。広島、長崎の惨劇から今年で79年。米国内でこうした“神話”が依然として根強く信奉されている一方で、アジアでは核の拡散が続いている。「核のない世界」は遠のくばかりだ。

ソ連参戦が降伏の主因

時事通信のワシントン電が伝えるところによると、オースティン長官がそうした見解を示したのは、5月上旬の議会上院歳出委員会でのこと。質問に立ったグラム上院議員(共和党)が、米軍制服組トップのブラウン統合参謀本部議長に「広島、長崎への原爆投下を支持するか」と尋ねたところ、ブラウン議長は「それが世界大戦を終わらせた」と回答。次いで同議員がオースティン長官に同じ質問をしたところ、同長官は「議長と同意見だ」と答えたという。これについて上川陽子外相が「(原爆正当化は)適切でなく、受け入れられない」と米側に申し入れるなど、日米間でちょっとした外交問題に発展した。

では、原爆は本当に「世界大戦を終わらせた」のか。さまざまな意見があるが、「ソ連の対日参戦が日本政府・軍部にポツダム宣言(連合国の対日降伏勧告)の受諾を余儀なくさせた最大の要因。原爆は受諾を促す補助的な役割を果たしたかもしれないが、主要因ではなかった」というのが現時点での支配的な見方だと考える。

そう判断する理由は多々あるが、時系列的に見るのが分かりやすい。1945年8月6日朝(日本時間、以下同じ)に米軍は広島に原爆を投下したが、日本政府・軍首脳の反応は薄かった。しかし9日未明にソ連軍が日ソ中立条約を破棄して満洲に侵攻すると、政府・軍内部のいわゆる和平派が一気に動き出し、ポツダム宣言受諾の流れが加速。9日昼に政府・軍首脳が対応を協議している最中に長崎への原爆投下の報が伝えられたが、ほとんどスルーされた。そして10日未明の御前会議でポツダム宣言の条件付き受諾の方針が決まり、14日の無条件での宣言受諾決定、15日の玉音放送と進んでいく。

日本は同年6月以降、中立条約がまだ有効だったソ連に米英との仲介を依頼し、名誉ある終戦に持ち込むことに最後の望みをかけていた。ところが頼みのソ連が仲介どころか満洲に攻め込んできたため、もはやこれまでと観念したというわけだ。遠い広島、長崎への投下だったので、東京にいる政府・軍首脳にはインパクトが十分伝わらなかったという事情はあったにしても、原爆が日本側の意思決定に与えた影響は、ゼロとは言わないまでも限定的だった。

米元帥「野蛮人並みの倫理基準」

実は、米軍関係者の一部には、原爆投下は不要だったし、倫理的な面からは回避すべきだったとする見方が共有されていた。ルーズベルト、トルーマン両大統領の軍事顧問を務めたレイヒー海軍元帥は、戦後次のように語っている。長くなるが引用する。

「広島と長崎に対してこの残忍な兵器を使用したことは対日戦争で何の重要な助けにもならなかった。日本は既に打ちのめされており、降伏寸前だった。あれを最初に使うことによって、われわれは野蛮人並みの倫理基準を選んだことになると感じた。あのように戦争を遂行するようには教えられなかったし、女、子供を殺すようでは戦争に勝利したとは言えない」(ガー・アルペロビッツ著「原爆投下決断の内幕」による)。戦後、日本を占領した連合国最高司令官総司令部(GHQ)のトップを務めたマッカーサー将軍も、原爆使用に否定的な見解を表明。欧州戦線で連合国軍の司令官を務め、後に大統領に就任したアイゼンハワー将軍に至っては、原爆投下前の同年7月の時点で、トルーマン大統領に原爆使用の見送りを進言したと言われる。

とはいえ、米国世論の大勢は原爆投下に肯定的で、「野蛮人並みの倫理基準」による所業とする見方を受け入れることはありえない。このため、米政府は「原爆投下により日本は降伏した」「終戦が早まったことにより、日本本土上陸作戦で予想された米兵士100万人の死傷を回避した」などの神話を積み重ね、正当化を進めた。それは戦後79年が経過した現在も変わらない。オースティン長官が個人的にどのような考えを持っているかは不明だが、国防総省トップとして、従来の公式見解を踏襲するほかなかったのだろう。

核保有国に囲まれる日本

核兵器は広島、長崎に投下された後、実験は何度も繰り返されたが、幸いなことに実戦では使用されていない。しかしウクライナへの侵攻を続けているロシアプーチン大統領は、9日の対独戦勝記念日のパレードでの演説で、「(核戦力は)常に臨戦態勢にある」と述べ、ウクライナや欧米諸国を威嚇したという。

そして、アジアの地図を見れば、日本が核保有国に囲まれている現実に改めて気づく。ロシアはもとより中国、そして北朝鮮。日本の周辺国のうち、核保有国でないのは韓国と台湾だけ、というのが実情だ。

目を南アジアに転じれば、過去何度も戦火を交えたインドとパキスタンは、共に20世紀末に核実験を行っており、核戦争が最も切迫しているのはこの両国と言われた時期もあった。まさかとは思うが、過去にはミャンマーの核開発疑惑が報じられたこともあった。西アジア(中東)では、公式には表明していないもののイスラエルの保有が確実視されているほか、イランのほかシリアにも核開発の疑いがあるという。

日本も米国の核の傘に守られているので、他国の核開発の動きをとやかく言える立場にはないという見方もあろう。しかし、核兵器は究極の非人道的兵器であり、どこかで一度使用されると一気にハードルが低くなって他の紛争地域でも使われやすくなる恐れがある。テロリストの手に渡ることも心配だ。「唯一の被爆国」と自国の立場を特別視するのは好きではないが、被爆の惨禍を実体験に基づき伝えられるのは日本だけだ。政府には、特にアジアの核拡散に歯止めをかけるべく、関係国への働きかけを強めてほしいと願う。

■筆者プロフィール:長田浩一

1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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