平壌を知らない子どもたち、ようやく訪朝への門が開く

北岡 裕    2024年9月23日(月) 21時10分

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コロナ禍を終え、訪朝への門がようやく開き出した。写真は2013年、ほぼ満席の高麗航空機内。同じ状況を再び見ることができるだろうか。

一年に一度、母校で特別講師をしている。授業後に毎回アンケートをお願いするのだが、「コロナで学生生活は変わったか」という質問への回答には、質疑応答の時間には寡黙だった学生から厳しい言葉が並んだ。それをまとめると総じて以下の三つに大別される。

・文化祭やサークル活動が出来なかった

・オンライン授業ばかりで学校の施設が利用できなかった

・これで学費が同じというのは到底納得できない

彼らの言い分を、講義を依頼していただいた恩師に見せると、「現場も大変なのです。オンライン環境の整備、抗菌対策などで相当の予算を割いた。学生たちの気持ちはわかるが、学費値下げは無理なのです」と渋い顔をしていた。

学生時代の青春のイベントを楽しめなかった、諦めざるを得なかった世代との想いの違いは想像以上に深いのかもしれない。

2020年から4年間、北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国は海外同胞を含む外国人の入国を一部の例外を除き受け入れなかった。その結果生まれたのが平壌を知らない子どもたちだ。

朝鮮総連職員の友人は「朝鮮大学校の学生は在学中に必ず祖国訪問をします。ところがコロナ禍で訪朝できず、結局平壌に一度も行ったことのないまま学生生活を終えて、朝鮮総連系の組織の職員になった人や朝鮮学校の教員になった人が生まれているのです」と話す。

もちろん行けない分、座学で祖国についての教育をしていることは想像に難くないが、実際に祖国に行かないまま、祖国について教えるというのは複雑な思いがあるのではないか。「授業の内容について、自分の経験を踏まえて話すことができないことへの影響はあるのでは?」と問うと、「正直それはある。祖国に何度も行った自分と全く行ったことがない若手とのコミュニケーションに困る場面はこれから多々出てくると思う」と話した。

今年6月のことだった。ある公演の会場で朝鮮学校関係者が「北岡さん、聞きました?」と興奮を抑えられない様子で声をかけてきた。「数日前に朝鮮大学の学生の祖国訪問の許可が出た」というのだ。その後、朝鮮大学校の学生の祖国訪問が実現した。対象となった学生は何度か時期をずらしながら訪問できる。平壌を知らない子どもたちの増加はとりあえず止まりそうだ。

9日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、金徳訓内閣総理が朝鮮民主主義人民共和国創建76年慶祝集会で「この席に出席した在日本朝鮮人祝賀団と(朝鮮)総連、朝鮮大学卒業学年学生祖国訪問団の成員を熱く歓迎し、異国の地で共和国の公民としての栄誉と誇りを抱き、民主主義的民族権利と社会主義祖国のために強く闘争を続けている(朝鮮)総連をはじめとする海外同胞組織や同胞にも温かいあいさつを送る」と演説し、強い歓迎の意を示したことを紹介した。

「来年ぐらいには北岡さんも訪問できそうですね。よかったですね」とその朝鮮学校関係者はわがことのように喜んでくれた。

私のように取材や仕事、訪朝団の引率で北朝鮮を訪問する者や朝鮮旅行を趣味とする日本人にとって朗報なのは間違いないが、それ以上に在日コリアン社会にとって朗報といえる。公演の日に同じ話をさまざまな人から聞いたが、みんな声が弾んでいた。

そもそも在日コリアンにとっては北朝鮮に行くのは訪問ではなく、祖国への帰国だ。学生は研修に加え、祖国の人と交流することによって愛国心を高め、アイデンティティーを確認する機会となる。また、コロナで国境が封鎖されていた間、家族と連絡は取れていても、長く会えていなかった人も多い。

「帰国した(北)朝鮮の親族ともう5年近く会えていない。みんな歳をとっているから心配。親族が亡くなったが、葬儀に駆け付けることも墓参りもできないと悲しんでいる在日コリアンはたくさんいる」という60代女性の切実な声も聞いた。

一方で、4月に北朝鮮でチュチェ思想国際研究所と朝鮮社会科学者協会が共催する「チュチェ思想国際討論会」が行われ、チュチェ思想国際研究所の尾上健一事務局長が訪朝した。また、ロシアの観光客がすでにツアーで北朝鮮を訪れている。

このことに触れ、「ロシア人よりもまずわれわれ在日同胞が先ではないのか」という声を60代男性から聞いた。「祖国がどのように優先度、順序を考え決めているのか分からない」とその男性は言うが、総じて今回の朝鮮大学校の生徒の訪朝が大きなきっかけになるという声が多い。

円安と燃料サーチャージの値上がりの影響から、訪朝するための費用はコロナ前より約10万円増えるのではという声もある。だがさまざまな情報から、ようやく訪朝の門が開く予感を感じている。

「北岡さん、平壌で会いましょう!平壌のカラオケバーに一緒に行きましょう」と言う在日コリアンの友人の声はやや興奮し過ぎか。私も最後の訪朝から約8年たち、現地の何を見るべきか机上のプランニングをウキウキしながら進めている。

【追記】

訪朝していた朝鮮大学校生が21日に帰国した。同時期に朝鮮総連関係者も訪朝し、帰国している。対韓国への方針をはじめ、今後の訪朝の流れに関しても研修と共に示された可能性が高く、今後共有されていくことが予想される。

■筆者プロフィール:北岡 裕

1976年生まれ、現在東京在住。韓国留学後、2004、10、13、15、16年と訪朝。一般財団法人霞山会HPと広報誌「Think Asia」、週刊誌週刊金曜日、SPA!などにコラムを多数執筆。朝鮮総連の機関紙「朝鮮新報」でコラム「Strangers in Pyongyang」を連載。異例の日本人の連載は在日朝鮮人社会でも笑いと話題を呼ぶ。一般社団法人「内外情勢調査会」での講演や大学での特別講師、トークライブの経験も。過去5回の訪朝経験と北朝鮮音楽への関心を軸に、現地の人との会話や笑えるエピソードを中心に今までとは違う北朝鮮像を伝えることに日々奮闘している。著書に「新聞・テレビが伝えなかった北朝鮮」(角川書店・共著)。

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※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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