天平時代の色を生み出す「自然染」の染司よしおか

和華    2024年10月14日(月) 14時30分

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「染司よしおか」は東大寺のお水取りの染め和紙の仕事のほか、薬師寺の「花会式」で使われる染め和紙、石清水八幡宮の供花神石清水八幡宮の供花神饌など厳かな社寺の三本柱を天平時代の色彩植物染で再現している。

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ふさわしい赤になるように納めている

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昔ながらのたたずまいの工房にお邪魔すると、60年近くこの場を担う熟練の染師と6代当主の吉岡更紗氏が仕事をしていた。更紗氏は紅花で作った赤の泥を薄めたものを刷毛に含ませ、和紙の上をすーっと上下に動かして染めていた。「工房は歳時記のように進み、常に慌ただしく1年が過ぎます」と語る。

年が明けると、奈良の東大寺二月堂で行われる修二会(お水取り)秘仏十一面観音に捧げる椿の造花の染色作業が始まる。その行法は752年に始まり、今日まで1回たりとも休まず行われている。


「伝統的な行事に関わる仕事はやめるわけにはいきません」。社寺からの依頼は緊張感を保ちながら先人の残した手技を尊ぶ仕事だ。紅花から色を汲み出して染める。それは現代の私たちが忘れかけている色ではないか。日本の色を極める更紗氏の人生に敬服した。

このように、「染司よしおか」は東大寺のお水取りの染め和紙の仕事のほか、薬師寺の「花会式」で使われる染め和紙、石清水八幡宮の供花神石清水八幡宮の供花神饌など厳かな社寺の三本柱を天平時代の色彩植物染で再現している。

紅花で染めた椿は日本文化を残す祈りのよう

東大寺に納める椿の花びらは紅花で染められるため、その工程はおよそ1年の時を要する。紅花は三重県伊賀市で貴重に育てられ、7月頭ごろに咲いたら摘む。とげがあるので手が痛くなる。それをむしろに広げて乾燥すれば赤くなってくる。「とても美しい椿らしい色は出せても退色しやすいのが紅花なんです。万葉集の歌からもわかります」〈くれなゐはうつろふものそつるはみのなれにしきぬになほしかめやも〉『万葉集』(巻十八)

花びらは渇いてもすぐに染料にはできない。「寒の紅花といわれ、昔から寒ければ寒いほど、きれいに色が出るのです」と話す。同じ頃、紅花を輝かせるのに欠かせない烏梅造りも行う。10月に稲ワラを大量に燃やして灰を作るのは紅花から色を抽出させる液を作るためだ。そして、貴重な紅花から取った泥状のものを水で薄め、刷毛に含ませ塗っていく。白い和紙に赤をひいては干し、またひいては干して染めてを繰り返し60枚を染める。なんて手間のかかる作業なのだろう。「今年は7回塗りました」と更紗氏。それにしても、出来上がった紙は深い赤の色を湛えている。


1.東大寺の修二会期間中、二月堂本堂の十一面観音菩薩へ供えられる椿の造花。紅やクチナシで染めた和紙を納める。

2.乾燥させた紅花の花びらから色素を抽出する。花が持つ黄色の色素を水の中でもみ洗いして流し、アルカリ性の灰汁(あく)や酸性の米酢を加えるなどして赤の濃度を上げていく。

3.この工程を数日間にわたって何度も繰り返し、縦49センチ、横39センチの和紙に5、6回重ね塗りする。

古典を尊重し、今に生かすインスタレーション

更紗氏のところには最近、建築系の仕事依頼が多い。「ホテルの演出に日本の色を表わしてほしい」、外国人がトランジットに使う空港に「日本の美しい色を」と、冬春・夏秋と入れ替えられる情景を大空間で演出してほしいなど。お客さんからはどのシーズンも楽しめる構成だと好評だ。例えば、糸を染めて組ひもにしたもので虹を表わし、「色の雨」が落ち、ガラスの花も咲くようなインスタレーション。実は、植物染めの染織家とうたわれているが、更紗氏はさまざまなチャレンジを重ねる。

かつて、先代がイギリスの「ヴィクトリア&アルバートミュージアム」に染司よしおかが作った「日本の色」を納めたが、英国が日本の色に見初めたように、世界からも熱い視線が注がれている。

伏見区宇治川のほとりにある染司よしおかの付近は水運も発達した要衝の地として栄えた。6代目当主の更紗氏の祖父の頃は水道水だったが、5代目の父が継いだとき井戸を堀り当て、工房は井戸水を使用している。「井戸水は冬は暖かく夏は冷たく感じるのでありがたいです」と更紗氏

よしおかの伝統はモダンと相性がいいのではないか。ローカルに根ざしていながら、グローバルな展開に未来が感じられる。染織仕事はさまざまな可能性がある。

貴重な紅花は日本ではわずか、大半は中国からの輸入に頼る

紅花はもともと、シルクロードを東に進み、中国に行き日本にも伝わったといわれており、三重県伊賀市辺りが一番良く育つ場所だ。しかし、現在は収穫できて10~20キロだそう。前述した東大寺に納める椿の造り花用の和紙は1枚濃い色にするには、1キロ使う計算。60枚納めるとしたら諸々考えても最低100キロくらい必要なので、80キロくらいは中国産の紅花を輸入している。「高貴な色はおのずと貴重な色」と更紗氏。


また、いろいろな染色方法が、日本で発明されたわけではなく、中国で発明され、染色の技術からいえばすでに2000年以上も前に確立している。エジプト、インド、中国にしても高度な染色技術を持っていたし、中国で発達した染色技術がシルクロードを通り伝わっている。「紅花は3世紀ごろに日本でも育てられるようになったのではないかといわれていますが、実は中国を通じて伝わりました。漢方薬も、中国が一番多いですね。染色に使う人はあまりいませんが。それにしても、あれだけの紅花の量を調達できるのでありがたいのです」。

父(5代目)吉岡幸雄氏は染色の歴史を研究し、古典に学び植物染を復活させた。特に「源氏物語」は平安王朝では自然の色彩の細やかな移ろいをそのまま装束に取り込み、歌に詠んでいることなどを著書で残されている。6代目更紗氏も、古い文献を読み、過去の作品の色を観察している

植物染の美しい色彩に彩られた品々を購入できる店

四季それぞれに移り変わる自然の美しい色彩を身近に引き寄せてくれるのが、「染司よしおか 京都店」だ。植物染めの魅力は化学染料と違い、肌に優しくなじむ。


「植物染めといったら、くすんだ色かと思う人も多いのですが、なんでこんなに艶やかで鮮やかな色が出せるのだろうかと感動に変わります」と更紗氏。それは、いい材料で手間をかけて染めていくからだ。

色、布、デザインの全てが合わさって、天然素材の持つ美しさが最大限に引き出される。生絹のストールは季節の移り変わりを細やかに表現でき、透明感と華やかさを演出する。ファッションにもインテリアとしても存在感があるだろう。


社寺の仕事がめまぐるしく回るなか、更紗氏は商品を作る染めも行い、展覧会の準備や商品開発、注文品の相談で多忙を極める。それでもお店にも出ているそうだ。これまでの先達が刻まれてきた歴史を受け継いだ6代目が新しいやり方で時代の扉を開けている。(提供/日中文化交流誌「和華」・編集/藤井)

【吉岡更紗氏プロフィール】


「染司よしおか」6代目当主。服飾デザイン会社勤務を経て愛媛のシルク博物館で染織の学びを経て、2008年より200年以上続く染色工房「染司よしおか」で染織作品の制作を始める。2019年に父・吉岡幸雄氏の急逝を受け6代目当主を務める。

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