東南アジアの選択、中国に傾斜するが…リベラル民主主義と権威主義のどちらを選ぶ?―赤阪清隆・元国連事務次長

赤阪清隆    2024年12月14日(土) 11時0分

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アセアン10カ国への「中国と米国のどちらを同盟国として選ぶか」との質問に、中国を選ぶと答えた割合が50.5%と急上昇し、初めて米国を上回った。このニュースは世界の識者を驚かせた。写真は天安門広場。

シンガポールの調査機関が6年前からアセアン10カ国の識者を対象に、「もし中国と米国のどちらかを同盟国として選ばなければならないとしたらどちらを選ぶか?」という質問を行ってきた。その質問にアセアン加盟国の人々の過半数は米国を選ぶと答えてきた。ところが、2024年4月の調査では、中国を選ぶと答えた割合が50.5%と急上昇し、初めて米国を上回った。このニュースは世界の識者を驚かせ、「米国は東南アジアを失うのか?」といろいろな憶測が取り沙汰されている。

中国を選ぶと答えた国では、マレーシアが75%で最も高く、続いてインドネシア、ラオス、ブルネイがいずれも70%以上で続く。マレーシアとラオスは前年に比べて20%以上も伸びた。米国と同盟国の関係にあるタイですら、中国を選んだ割合が52%にも達した。なぜ米国が東南アジアでこれほど急に不人気となったのだろうか?英エコノミスト誌やタイム誌、フォーリンアフェアーズ誌、ザ・デイプロマット誌などの記事が、考えられる次のような諸要因を指摘している。

第一に、昨年インドネシアで開催された東アジアサミットにバイデン大統領が欠席したことが不興を買った。ラオスで開かれた今年の東アジアサミットにも、バイデン大統領は2年連続して欠席したが、このような米国の態度はアセアンを軽視していると見られているのだ。

第二に、経済貿易および経済援助関係で、中国の方が米国よりも重要性を増していることだ。ほとんどの国で中国が最大の貿易相手国になっている。今回の調査結果でも、中国への傾斜が著しいマレーシア、インドネシア、ラオスが「中国の一帯一路構想と強固な貿易・投資関係から大きな恩恵を受けている」と指摘している。

第三に、米国の台湾政策を含む中国敵視外交が地域の安定を損なっているとの見方がこの地域には強い。リー・シェンロン前シンガポール首相はすでに2020年にフォーリンアフェア誌に、アジア太平洋諸国は米国と中国のいずれかの選択を迫られる事態を望んでおらず、アジアの世紀の実現は両国が対立を克服することにかかっていると寄稿していた。

第四に、米国のイスラエル擁護だ。ムスリム人口では世界最大のインドネシアをはじめ、ブルネイ、マレーシアなどでもムスリム人口が多く、パレスチナを支援する人は多い。このため、イスラエルへの非難が、ひいては米国批判へと結びつきやすい。

欧米のメディアが指摘するこのような短期的な諸要因のほかに、文化、文明的な要素もあると思われる。米国は世界最大の軍事力を有する国として、武力による平和ということをこともなげに主張する。アジアから見ると、これは西洋の覇道の文化を代表するものだ。西洋は長い歴史を通じて数多くの国の間で戦争を繰り返し、その挙げ句にアジア地域にも帝国主義の触手を伸ばした。

他方、アジアは孫文が強調したように従来から覇道の文化を軽視し、仁義道徳の文化、すなわち王道の文化を有している。現実の中国がこのような王道の文化を体現しているとは言い難いが、東南アジアの人々は荒々しい西欧文明よりもむしろこのような東洋の文化に深い愛着を寄せる。それゆえに、同地域には文化的にも米国よりも中国や日本に親近感を持つ人が多いと見受けられる。これは、マレーシアのような国に少し住んでみると、日々肌で感じることができる。この文化、文明的な選好というのを、欧米のメディアは十分理解していないのではないだろうか。

アセアン諸国の外交方針は必ずしも一枚岩ではない。例えば、国連での投票態度についても、アセアン諸国はEUメンバー国のように統一的な対応を示すわけではない。ロシアウクライナ侵略の即時停止を求める国連総会決議に対しても、マレーシアやシンガポールなど賛成する国とベトナムやラオスのように棄権する国に分かれた。

自国ファーストを唱えるトランプ政権が来年1月に再び発足するのに伴い、ますます多くのアセアンの人々が米国に幻滅を覚えて、中国になびく可能性がある。アセアンに対するアプローチは、アセアン全体に対するものよりも、その個別のメンバー国の状況に配慮したアプローチの方がより効果的だと思われる。

日本としてできることは限られていようが、アイデアの一つは日本がアセアンのいくつかの主要国とリベラルな経済貿易体制の牙城たる経済協力開発機構(OECD)とのつながりを深めるよう橋渡しの努力を強化することだ。数多くのOECDの経済、金融、税制、貿易、開発などのプログラムに引き込むよう、これまで以上に積極的に、かつ戦略的に働きかけを行うことが望まれる。

OECDには、長年ロシアが加盟の意向を示しているが、その政治経済体制のためにこれまで加盟が認められてこなかった。中国は個別分野でOECDとの協力を行っているが、OECD加盟となると遠い将来のことであろう。OECDはその一大特徴であるメンバー国間のピア・レビュー(相互評価・検証制度)によって、ガバナンスや経済、社会制度を西側寄りに近づけることができる。米国は2000年代に入って中東諸国へのこのような働きかけを強めたが、アセアン諸国を相手にした働きかけは長く日本がリードを保ってきた。

アセアンでは最初にタイが2000年代初頭のタクシン政権時代に、2020年までに加盟したいとの意向を表明した。しかし、2006年の軍事クーデターでタクシン首相は解任され、OECD加盟問題は雲散霧消した。その後、インドネシアがOECDとの関係を深め、24年2月にはOECDとインドネシアとの間の加盟協議が開始された。そして、タイも再び加盟の意思を表明した。両国の後にはマレーシア、フィリピンなどが控えている。OECD加盟にこれまで消極的なシンガポールもそのうちに同調するであろう。

アセアン諸国、ひいては日本のような関係国にとって大事なのは、アセアン諸国が米国寄りか中国寄りかの問題ではなく、日本などと肩を並べてリベラル民主主義体制を選ぶのか、それとも中国のような権威主義的で閉鎖的な国家体制を志向するのかの問題だ。回答は自明であろう。

■筆者プロフィール:赤阪清隆

公益財団法人ニッポンドットコム理事長。京都大学、ケンブリッジ大学卒。外務省国際社会協力部審議官ほか。経済協力開発機構(OECD)事務次長、国連事務次長、フォーリン・プレスセンター理事長等を歴任。2022年6月から現職。

※本コラムは筆者の個人的見解であり、RecordChinaの立場を代表するものではありません。

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