吉田陽介 2025年1月7日(火) 8時30分
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高速鉄道は地域経済にとってプラスなのだろうか。写真は広西チワン族自治区の五通駅。
高速鉄道は中国の新「四大発明(高速鉄道、モバイル決済、シェア自電車、インターネット通販)」として有名で、中国人の旅行や帰省で不可欠の存在だ。重要なインフラの一つにもなっており、経済発展に少なからぬ貢献をした。ただその一方で、建設コストが高いことから、「高速鉄道は経済成長の足手まとい」という声もある。高速鉄道は地域経済にとってプラスなのだろうか。
中国の高速鉄道の大規模建設は2005年に始まり、これまで4万6000キロ建設した。08年のリーマンショックの影響を受けて、中国は4兆元(現在のレートで約84兆円)の公共投資を行ったが、その半分が交通インフラなどに投じられたといわれる。中国鉄道部は「中長期鉄道網計画」を改訂し、高速鉄道の発展が加速した。
高速鉄道建設の勢いはまだ衰えていない。24年第1~3四半期(1~9月)の鉄道固定資産投資は前年同期比10.3%増の5612億元(約11兆7800億円)に達した。全国で新たに建設された線路は1820キロで、うち1210キロが高速鉄道。
高速鉄道建設の勢いが保たれているのは、一定の経済効果をもたらすからだ。
第一に、経済発展にプラスとなる。高速鉄道の建設は多くの資材や人員面での投資が必要で、関連産業も多い。高速鉄道建設が始まった05年当時は投資主導型経済の色彩が濃く、高速鉄道への投資は鉄鋼やセメント産業にとってプラスとなった。
第二に、人の移動にプラスとなる。筆者も高速鉄道に乗って改めて思ったが、これまで「緑皮車」と呼ばれる各駅停車の列車で地方都市に行くのはかなり時間がかかった。例えば、北京から上海まで20時間以上かかった。高速鉄道だと6時間ほどで行けるため、到着した日に予定を入れられる。近くの都市なら日帰りで行くことができる。そのため、高速鉄道は地域間の経済活動の活性化にプラスとなる。
第三に、旅行消費増大に寄与できる。中国経済が減速傾向にあるため、中国政府は内需、特に個人消費の活性化に力を入れている。旅行消費の拡大はその一つだ。高速鉄道で移動時間が短縮されているため、国内旅行をしやすくなっている。
ただ、高速鉄道が登場当初の数年とは異なり、経済があまり発展していない地域の路線の巨額の赤字や、巨額の資金を費やして建設したのに誰もいない高鉄停車駅が多くの地域で現れるなど問題も見られる。
交通は「経済発展の動脈」と呼ばれる。歴史を見ると、海運、鉄道、航空などの新しい交通手段が現れるたびに、地域経済発展の枠組みに一定の変化が起こる。高速鉄道も中国の地域経済の発展に一定の影響を与えた。
高速鉄道は地域間の地理的隔たりを小さくし、沿線の一部の都市に「一体化効果」をもたらし、都市の経済発展を促すことができる。
14年ごろから行われている京津冀地区(北京・天津・河北省)を一体化した都市圏の建設がその典型だ。京津冀共同発展に向けた一体化改革は不動産価格の低下を狙ったものでもあるが、高速鉄道で3都市が結ばれるという効果もある。
例えば、河北省廊坊市は北京・上海間や北京・天津間の高速鉄道によって北京への通勤時間が短縮されるため、多くの北京出身者がそこで住宅を購入して住むようになった。廊坊市の24年1~7月の1人当たりの消費額は6402元(約13万4400円)に達し、省都の石家荘市の5936元(約12万4600円)を上回った。
河南省鄭州市は「米」字型の高速鉄道網によって周辺都市との関係が強化された。鄭州市の09年の国内総生産(GDP)が全省のGDPに占める割合は17%だったが、23年には23%に上昇した。高速鉄道が同市の経済発展に一定の役割をしたといえる。
しかし、高速鉄道の登場は良いことだけをもたらすものではない。地理的隔たりが感じられなくなる一方で、人口の移動が活性化することから、一部都市で人口流出が見られるようになった。これにより、地域の中心都市と周辺小都市の格差が拡大し、都市間の発展のアンバランスが顕在化した。
中国メディアによると、北京・上海間高速鉄道と上海・漢蓉(上海-武漢-成都)高速鉄道が沿線の36の三、四線都市に与える影響について、人口の集積度を見ると、高速鉄道は三、四線都市の人口の集積にプラスとならず、その中の58%の都市の常住人口比率が低下している。
GDP成長率を見ると、高速鉄道の開通後、北京・上海間沿線の50%の都市、上海・漢蓉間沿線の60%の都市は全省の平均レベルを下回った。
また、湖南省株洲市で最初の高速鉄道駅ができた09年は株洲に新しい時代が来るとみられたが、09年から23年まで、湖南省全体のGDPは286.77%増加し、株洲市のGDPは258.68%増加した。20年から現在まで、株洲の常住人口は減少を続けている。
それは株洲だけに起こったことではない。江蘇省の昆山市、安徽省の全椒県、六安市、湖北省の巴東県などの都市では、高速鉄道開通前の成長率は全省の平均レベルを上回っていたが、開通後は下回るという結果になった。
これは経済力の低い地域から高い地域へ人の移動が活発化したことによるものだ。つまり、経済交流が活性化した「副作用」ともいえる現象だ。
都市間の発展がアンバランスになると、経済力の低い都市への人の移動が活発ではなくなり、不必要な高速鉄道駅が出てくる。
中国の経済メディアによると、湖南省株洲市の九郎山駅は16年12月26日に営業を開始したが、初期の利用客は100人未満で、21年には10人にも満たず、電気料金も払えない状況に陥ったという。
広西チワン族自治区桂林市には高速鉄道駅が9駅あるが、それぞれの距離がさほど離れておらず、利用客が著しく不足するという現象が起きている。そのうちの1駅は22年に旅客輸送業務を中止し、大きな駅舎は「幽霊屋敷」と化し、駅前広場は地元農民の穀物干し場となっているという。
中国には建設後に何年も稼働していない、または閉鎖している高速鉄道駅が少なくとも20カ所あるといわれている。南京、武漢、瀋陽、大連、合肥などの大都市でもこうした現象が見られるという。
どうしてこのようなことが起こるのか。次の三つの原因があると考えられる。
一つ目の原因は、一部地域の人の流れがわずか数年で大きく減ったため、駅が建設された時点で、実際の利用客数が計画時の数字をはるかに下回っていたことだ。
二つ目の原因は、高速鉄道駅の多くが利用者目線に立っていない配置になっていることだ。高速鉄道の沿線都市は地元での駅設置に熱心で、中国国家鉄路集団(国鉄集団)はしばしばいくつかの都市の要請に配慮して駅を置いた。同集団が決めた位置は、都市の中心部から離れた場所にあり、人々の移動に不便だ。都市の中心部から50キロ以上離れた場所に位置する駅もあるという。
三つ目の原因は、高速鉄道建設ブームに乗った「やみくもな投資」だ。前述のように、08年に中国政府が行った大型景気対策によってインフラ投資が拡大し、各地はこぞって高速鉄道建設に取り組んだが、結果として、地域の状況やニーズからかけ離れていたため、「無駄な投資」となった。インフラ投資は一時的には効果を生むが、完成後に使われなければ、維持費だけかかり、経済効果を持続させることができない。
21年以降、経済減速などの影響を受けて、地方財政が逼迫し始め、建設後の駅運営への支出の縮小を余儀なくされた。また、期待通りのリターンがないため、駅運営の補助金も減らした。
高速鉄道を地方政府と運営する国鉄集団も損失を出しており、20年から現在までの累計損失は1700億元(約3兆5700億円)近くに達しているという。これを受けて、同集団は各高速鉄道駅の商業価値と社会的価値を全面的に評価し、利用客の少ない駅を閉鎖した。
地方政府と国鉄集団のこうした措置はやみくもな投資によってもたらされた「負の遺産」の処理といえる。
中国政府は現在、規模の拡大ではなく「質の高い発展」を目指しており、景気浮揚のために「どれだけ使うか」ではなく「どのように使うか」に変わっている。そのため、中国政府は「大規模なバラマキ」策を取らないことを政府活動報告などで主張し、健全な財政運営の方針を堅持してきた。
ただ、近年の経済減速を受けて、中国共産党中央政治局会議、中央経済工作会議は緩和気味の政策を取る方針を示した。赤字規模はこれまでの3.8%前後からやや拡大するとみられるが、持続的な経済発展のために「カネをいかに使うか」が重要となるだろう。
高速鉄道を含むインフラ投資でも、地方のニーズや経済効果を精査する必要がある。
■筆者プロフィール:吉田陽介
1976年7月1日生まれ。福井県出身。2001年に福井県立大学大学院卒業後、北京に渡り、中国人民大学で中国語を一年学習。2002年から2006年まで同学国際関係学院博士課程で学ぶ。卒業後、日本語教師として北京の大学や語学学校で教鞭をとり、2012年から2019年まで中国共産党の翻訳機関である中央編訳局で党の指導者の著作などの翻訳に従事する。2019年9月より、フリーライターとして活動。主に中国の政治や社会、中国人の習慣などについての評論を発表。代表作に「中国の『代行サービス』仰天事情、ゴミ分別・肥満・彼女追っかけまで代行?」、「中国でも『おひとりさま消費』が過熱、若者が“愛”を信じなくなった理由」などがある。
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