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文化やスポーツ、ライフスタイルなどの分野に目を向けると、アジアはもとより世界でも日本の存在感はバブル期よりはるかに増している。写真は大谷翔平。
バブル崩壊後の日本経済の低迷を、人は「失われた30年」と呼ぶ。この言葉には日本全体が地盤沈下しているようなニュアンスがあるが、私はこれまであまり抵抗感を抱かずにこのフレーズを使ってきた。しかし、文化やスポーツ、ライフスタイルなどの分野に目を向けると、アジアはもとより世界でも日本の存在感はバブル期よりはるかに増している。この時代を「失われた」と表現するのは、経済の物差ししか持たない経済人の視野狭窄のなせる業なのではないか。
3月に放送されたNHKスペシャル「新ジャポニズム第2集 J-POP “ボカロ”が世界を満たす」は、私にとって衝撃的な内容だった。楽器メーカーのヤマハが開発したボーカロイド(ボカロ)という音声合成技術が、世界の音楽シーンを席巻しているという。ボカロを使って音楽を製作する人をボカロPと呼ぶが(Pはプロデューサーの略)、ロンドンの音楽ホールを埋めた聴衆がきくおという日本人のボカロPのパフォーマンスに合わせて、「愛して、愛して、もっともっと愛して」と日本語で大合唱するシーンには圧倒された。
2023年に「アイドル」で世界的ヒットを飛ばした2人組の音楽ユニットYOASOBIもボカロを駆使して楽曲を作っているし、20年に「うっせぇわ」でセンセーショナルなデビューを飾った女性シンガーAdoも、ボカロの曲を歌って外国でも人気を集めている。番組はさらに、タイ、インド、英国、メキシコの若者が、日本の音楽に強い影響を受けたり、自分でもボカロを使って曲作りに挑戦したりしている姿を紹介していた。私はボカロについてほとんど知らなかったし、ましてそれが海外の若者にこれほどのインパクトを与えているとは想像もしていなかった。世の中の変化についていけていないなあと痛感した。
こうした映像を見ながら、ふと思う。日本の「失われた」と言われる前の時代、すなわち「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などとおだてられて浮かれていた時代に、日本は経済以外の分野でこのような存在感を持っていただろうか?株式時価総額で日本企業がベスト10のうち7社を占めるなど経済分野では突出しているが、それ以外ではたいして魅力のない国、顔のない国と思われていたのではないか?
海外で人気のある日本発のコンテンツとしては、アニメが代表的だ。私が通信社の記者として欧州に駐在した1990年ごろ、スイスやフランスのテレビでは「ドラゴンボール」や「シティーハンター」などが放送され、当時から一定の人気があった。その後、「ワンピース」や「ポケットモンスター」、一連のジブリ作品などのインパクトが加わり、人気はさらに高まるとともに世界的に広がっている。
ライフスタイルの面でも、日本は存在感を増している。その筆頭は、和食。前述の新ジャポニズムの第3集「FOOD 日本食が“世界化”する」によると、現在世界には19万軒の日本食レストランがあり、その多くは外国人が経営し、客も現地の人が多いという。和食をベースにしつつ、独自に進化した料理を提供する店も少なくない。30数年前にも欧州に日本食レストランはあったが、その数はずっと少なかったし、経営者も客も日本人が中心だった。当時とは様変わりだ。
日本を訪れる外国人の増加は、海外での日本人気の高まりの証左だろう。今年1月の訪日外国人は378万人で単月として過去最高を記録。これはバブルの絶頂期だった1989年の年間の訪日者数(283万人)を大きく上回っている。昨年の訪日者数は89年の13倍となる3687万人で、年間として過去最高を更新。今年は4000万人を突破する勢いだ。
日本人の海外での支出と、外国人の日本での消費の差額である旅行収支は、14年まで赤字が続いていたが、15年に黒字転換し、昨年は5兆8973億円と過去最大の黒字を記録した。これは円安もあって日本人があまり海外に旅行しないためでもあり、喜んでばかりはいられないのだが、日本の観光地や和食の魅力が海外の旅行者を引き付けているのは間違いないだろう。
かつてに比べ、日本の存在感が格段に増していることが数字でも裏付けられている分野の一つにスポーツがある。バブル期の1988年に韓国ソウルで開催されたオリンピックでは、日本の金メダルは競泳背泳ぎの鈴木大地選手など4個だけで、参加国中14位にとどまった。日本の半導体が世界シェアの半分を占め、邦銀が世界の金融マーケットを席巻していた時代としては、寂しい数字と言わざるを得ない。「日本人は金もうけに夢中で、スポーツには関心がないのだろう」と言われても仕方なかった。
その36年後に開催された昨年のパリオリンピック。日本は自国開催以外では最高となる20個の金メダルを獲得、国別ランキングで米国、中国に次ぐ3位に入った。ソウル五輪に比べ競技種目が増えているので単純な比較はできないが、金メダル数3位は2020東京大会(実際の開催はコロナ禍の影響で21年だが)に続き2大会連続。これはもう、スポーツ大国と呼ばれてもおかしくない成績だ。
オリンピック以外でも、日本選手の活躍は目覚ましい。米大リーグでの大谷翔平らの活躍は改めて取り上げるまでもない。欧州各国のサッカーリーグには日本人選手が多数在籍し、彼らを中心とした日本代表チームは、来年の北中米ワールドカップ(W杯)の出場権を開催国以外では初めて獲得するなど、「アジア最強」と呼ばれている。
国際舞台で活躍する日本人選手には、アジア諸国から熱い視線が注がれる。昨秋のW杯予選でインドネシアを訪れたサッカー日本代表の練習場には、イングランドでプレーする三笘薫らを見るためにファンが押し寄せたし、バレーボール男子の高橋藍はフィリピンで大変な人気があり、出場した試合には女性ファンが殺到し、アイドルのコンサートのようだったという。これらはすべてバブルの頃には全く見られなかった光景だ。
バブル崩壊後、日本の経済が低迷し、それに比例する形で外交面でも影響力を失っているのは事実だ。バブルの形成と後始末で失政を重ねた政府・日銀、内部留保をため込むばかりで新規投資に及び腰だった経済界の責任は大きいし、そうした政府や企業の対応の問題点を十分に指摘しなかったメディアにも反省点はある。一方で、文化やスポーツなどの分野では、日本の存在感は確実に高まっている。ビジネスマンや経済官僚などを除く一般の外国人にとっては、日本はバブルの頃よりはるかに身近な存在になっていると思う。
そうだとすれば、「失われた30年」というフレーズは、経済の尺度でしか物事を見ない経済人の傲慢さ、あるいは視野の狭さの反映と言えるのではないか。私自身、長く経済記者だったこともあって、90年代以降の日本のネガティブな面だけ見てしまうきらいがあった。今後は、経済以外の分野にももっと視野を広げたいと思う。
もう一つ、最近の若者は内向き姿勢が強くなり、積極的に海外に出て行こうとしないと言われる。一橋大学名誉教授の野口悠紀雄氏は、日本人学生の海外留学は04年ごろをピークに減少しており、これが人的資源の劣化を招いて将来の経済成長を制約しかねないと懸念している。大学の外国語学部の人気もひところより落ちているようだ。私自身、通信社に在籍していた5、6年前、新入社員に「特派員として海外で取材してみたいか?」と尋ねたところ、薄い反応しか返ってこなかったためがっかりした記憶がある。
その一方で、前述のように文化やスポーツなどの分野で、世界で活躍している若い成功者が多数存在するという事実は心強い限りだ。彼らの活躍が、今の高校生や大学生を刺激し、海外でチャレンジする若者を増やしてくれることを期待したい。
■筆者プロフィール:長田浩一
1979年時事通信社入社。チューリヒ、フランクフルト特派員、経済部長などを歴任。現在は文章を寄稿したり、地元自治体の市民大学で講師を務めたりの毎日。趣味はサッカー観戦、60歳で始めたジャズピアノ。中国との縁は深くはないが、初めて足を踏み入れた外国の地は北京空港でした。
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