<映画評「誰よりも狙われた男」>冷戦後も続く虚々実々、驚きの諜報戦!―スパイ映画の「タネ」は尽きない

Record China    2014年10月12日(日) 14時42分

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フィリップ・シーモア・ホフマンは対象に没入する俳優だ。役をつくり込むのではなく、なり切るのでもない。まさに入り込むのだ。

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フィリップ・シーモア・ホフマンは対象に没入する俳優だ。役をつくり込むのではなく、なり切るのでもない。まさに入り込むのだ。

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 それが最もよく分かるのは、米アカデミー主演男優賞を受けた「カポーティ」(05年、ベネット・ミラー監督)のタイトルロール、トルーマン・カポーティ役である。彼は同作で、孤高の天才作家、カポーティに没入していた。そして、同作の中でカポーティはノンフィクション小説「冷血」の取材中に、主人公である2人組の犯人の1人に没入していた。この二重の没入は、ホフマン自身の精神に強烈な重圧を加えたはずだ。彼の薬物中毒は、この役でさらに重くなったに違いない。

 「誰よりも狙われた男」(14年、アントン・コービン監督)は、今年2月に薬物中毒で亡くなったホフマンの遺作である。彼は、主人公のドイツ防諜機関、憲法擁護庁の中間管理職バッハマンを演じた。「カポーティ」のような二重の没入でこそないものの、ここでも彼は、没入する役者の本領を発揮している。

 

テロ容疑者のチェチェン人を泳がせながら情報を得ようとするバッハマンに対し、同庁の幹部は身柄の確保を優先しようとする。「俺たちは警官ではなく、スパイだ」というのがバッハマンの立場だ。彼は少々荒っぽく、非合法的な手段でチェチェン人容疑者の女性弁護士にプレッシャーをかけ、テロ組織の情報に迫っていく。同盟国・米国のCIAの女性ドイツ駐在員は一見、バッハマンに協力的だ。しかし、最後には……。

 

原作は、英国の元スパイで、今やスパイ小説の巨匠、ジョン・ル・カレの同名小説。ル・カレ自身が製作陣に名を連ねたことも、この映画のリアリティーの一因だろう。

 例えば、舞台のハンブルクを美しく撮ろうとせず、ごみごみとした港湾都市として描いた点も、リアルさを増している。プロの殺し屋を主人公にしたコービンの前作「ラスト・ターゲット」(10年)が、イタリア南部の観光地を舞台に、映像は美しくスタイリッシュだったものの、現実感が極めて希薄だったのとは大違いだ。コービンは、前作とは打って変わって、現代の諜報戦を極めてリアルに描いたのである。「誰よりも狙われた男」とは、テロ容疑者か、それともバッハマンのことか。

 

ホフマンはバッハマンに没入し、組織の官僚主義の犠牲になる末端のスパイを演じ、相変わらず凄みがある。CIA女性駐在員役のロビン・ライトは少ない出番ながら、虚々実々の諜報戦の中で敵に回せば怖く、味方に付けても油断ならない女を印象付けた。レイチェル・マクアダムスは、やや荷の重かった「シャーロック・ホームズ」シリーズのアイリーン・アドラー役とは違って、等身大の若く知的な女性弁護士に扮し、進境を見せた。

 

冷戦終結後、スパイ小説やスパイ映画の存在理由がなくなったといわれる。実際、東西両陣営という概念がなくなったため、大国同士ががっぷり4つに組む本格的な諜報戦は描きにくい。それでも、地域紛争や宗教戦争、同盟国同士の諜報戦など「タネ」は尽きそうもない。諜報機関から狙われる男もまた、絶えることはないだろう。(10月17日公開)

川北隆雄(かわきた・たかお)

1948年大阪市に生まれる。東京大学法学部卒業後、中日新聞社入社。同東京本社(東京新聞)経済部記者、同デスク、編集委員、論説委員などを歴任。現在ジャーナリスト、専修大学非常勤講師。著書に『失敗の経済政策史』『財界の正体』『通産省』『大蔵省』(以上講談社現代新書)、『日本国はいくら借金できるのか』(文春新書)、『経済論戦』『日本銀行』(以上岩波新書)、『図解でカンタン!日本経済100のキーワード』(講談社+α文庫)、『「財務省」で何が変わるか』(講談社+α新書)、『国売りたまふことなかれ』(新潮社)、『官僚たちの縄張り』(新潮選書)など。

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